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妊娠はあきらめたけど子育てはあきらめたくなかった。「家族をつくる」に目標を切り替えたあの日【タレント武内由紀子】

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タレントの武内由紀子さんは、民間の養子縁組あっせん機関のアクロスジャパンを介して2人の子どものお母さんになりました。特別養子縁組で子どもを迎えようと決めてから、1人目のお子さんとの生活が始まるまでの様子について聞きました。
(上の写真は、特別養子縁組で武内さん夫婦が授かった2人のお子さん)

妊娠するのはあきらめたけど、子どもを育てることはあきらめたくなかった

親子そろってお出かけ。「きょうだい育児はとにかく忙しいですが、子どもたちのためならどんなことも頑張れます!」と武内さん

――特別養子縁組で親になろうと考えたきっかけを教えてください。

武内さん(以下敬称略) 子どもがほしくて4年間不妊治療をしましたが、妊娠には至りませんでした。
「これで最後」と決めていた治療で「着床しませんでした」と医師から告げられたときは、「子どもはあきらめよう。夫と2人で生きていこう」と考えました。
ところが、診察室を出て会計を待っている間に「妊娠することはあきらめたけど、子どもを育てることはあきらめられない」と、強く思っている自分がいることに気づいたんです。

実は治療中に友だちから「養子縁組は考えないの?」と言われたことがあって。当時は「そこまでは…」と否定しましたが、そのことが頭のすみに残っていたんでしょうね。会計を待つ間に、「養子」という言葉が突然下りてきたんです。そして、その場で養子縁組あっせん機関について調べ始めました。そのとき初めて特別養子縁組という制度があることを知り、病院からの帰り道に、夫に「特別養子縁組をして親になりたい」ということを伝えたんです。

――そのときの夫さんの反応はいかがでしたか。

武内 4年間の不妊治療が大変だったのをずっと一緒に見てくれていたので、「1年くらい子どものことは忘れて休んだほうがいいんじゃないの?」というのが最初の反応でした。でも、もっと調べてみたところ、民間の養子縁組あっせん機関は親の年齢の上限を設けていることが多いようで、そのとき私は44才。「今がぎりぎりなんだ」と夫に説明したら同意してくれ、特別養子縁組に向けて行動しようということになりました。

2017年に8月に、アクロスジャパンと協働関係にあった民間の養子縁組あっせん機関のセミナーに申し込み、審査、面接などを経て、養親(ようしん)候補として正式に登録しました。

――セミナーを受けるところから、子どもを迎えるまでの間を、妊娠期間のように感じたそうですね。

武内 夫婦2人でセミナーや研修で勉強したり、新生児のお世話を実習で学んだりしながら、少しずつ親になる準備をしていきました。
養親候補として登録をしたときに、「マッチングの連絡は明日かもしれないし1年後かもしれない。それはだれにもわかりません」という説明がありました。だから、あせらずに待つつもりではいましたが、常に子どものことを考えながら生活していたので、妊娠しているのと同じだなと感じたんです。

「○○くんが生まれたよ」の電話連絡。いよいよ家族がきた!って感じました

――そんな中、マッチングの連絡があったのですね。連絡を受けたときはどんなお気持ちでしたか。

武内 担当の方から「次に私が連絡するときは、赤ちゃんが生まれたときだよ」ということは伝えられていました。ある日電話に着信があったのですが、仕事で移動中だったので出られず、新幹線を降りてからすぐに折り返しの電話をしました。担当の方の第一声は「〇〇くん(息子の名前)が生まれたよ」。
わが家に男の子がくることがわかった瞬間です。2018年6月のことでした。「ついにこの日がやってきた!!」と夫婦でめちゃくちゃ喜びました。と同時に、子どもを迎えるまでの数日間で紙おむつやミルクなどお世話に必要なものをそろえなければいけないので、夫と買い物に走りました。

――養親候補として登録をするときに、男女ぞれぞれ2つずつ名前を提出したそうですね。名前にはどのような思いをこめましたか。

武内 男の子の名前には、強くて元気な子に育ってほしいという思いを込めました。息子の場合は、実のお母さんが委託に同意したとき、男の子用に用意した2つの名前の中から選んでくれたと聞いています。

息子が初めて自宅に来たときは「おかえり」という気持ちでした

――養親研修の一環である2泊3日の入院育児実習を経て、いよいよ親子3人の生活が始まりました。息子さんを自宅に迎えたときの気持ちを教えてください。

武内 最初に浮かんだ言葉は「おかえり」でした。まだ息子との生活は始まったばかりだけれど、そこに息子がいるのはとても自然に思えました。これが家族になるということなんだな、家族になるのに血のつながりは関係ないんだなと、しみじみと感じました。

そして6カ月間の試験養育期間と家庭裁判所の審判確定を経て、2019年3月に長男として入籍。名実ともに私と夫の息子になりました。私は45才、夫は39才、息子は8カ月のときでした。

――息子さんは現在3才7カ月。ここまでの子育てをふりかえってみて、大変だったことはありますか。

武内 夜泣きをする、言葉がゆっくりめ、イヤイヤ期でなんでもイヤなど、大変なこと、心配なことは数限りなくありますけど、それは子育て中の親みんなが感じることで、「養子だから大変」ということは1つもありません。

「家族をつくるのに血のつながりは関係ない」が、夫の父の言葉

――特別養子縁組で親になることを、武内さんたちの両親はどのように感じていましたか。

武内 夫の父は、その話をした瞬間に賛成してくれました。「家族をつくるのはいいことだ。子どもをつくるのに血のつながりは関係ない」って。母2人は子育ての大変さを身をもって知っているだけに、最初は「養子を迎えてまで子どもを育てる必要はないのでは…」という反応でした。でも、私たち夫婦が心から親になりたいと望んでいることを説明したら理解してくれ、それからはずっと応援してくれています。
とくに夫の両親にとって息子は初孫なので、とってもかわいがってくれています。私の姉に子どもが3人いるため、私の母にとっては4人目の孫ですが、3人の孫はすでに成人しているので、「久しぶりに赤ちゃんに触れる」と喜んでいます。

――特別養子縁組で子どもを迎えたいと思うけれど、周囲に特別視されそうでふんぎりがつかない…と悩む夫婦は少なくなさそうです。

武内 人ってわからないことは不安になりますよね。私も最初は特別養子縁組のことを何も知らなかったので、どのようにして養子を迎えるのか、私たちに親が務まるか不安でした。この不安は自分たちであれこれ考えても解決できるものではないので、養子縁組のあっせん機関に相談してみるのがいちばんの方法だと思います。そこで話を聞き、養親になりたいと思ったら、研修など次のステップに進めばいいのではないでしょうか。
家族のあり方は1つ1つ違うので、「これが正解」はありませんが、私たち夫婦は特別養子縁組という形で親になれたこを、とても幸せに感じています。

【アクロスジャパン・小川さんより】「養子縁組」は家族の1つの形。特別なものではありません

世界的に見ると、「養子縁組」は不妊治療と並行して考えられている、ごく自然な家族のあり方にすぎません。夫婦もそうですが、ステップファミリー(再婚などにより血縁関係のない親子やきょうだいを含む家族)などが、血のつながりはなくとも家族であることに変わりがないことと同じです。

お話・写真提供/武内由紀子さん 取材協力/アクロスジャパン 小川多鶴さん 監修/ 林浩康先生(日本女子大学人間社会学部社会福祉学科教授) 取材・文/東裕美、ひよこクラブ編集部

特別養子縁組で家族になることをとてもポジティブに考え、取り組んできた武内さん。「少しずつ親子になっていくのは、実子も養子も同じことだと思います」と話してくれました。

※記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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