専門家に聞く!子どもを犯罪から守るための安全教育プログラム<前編> 性犯罪などの被害者にならないために身につけておきたい力〜
子どもが被害者となる事件が後を絶ちません。令和3年に性被害に遭った子ども(18歳未満)は1,504人に及ぶそうです(令和3年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害状況/警視庁)。ニュースやSNSなどで、痛ましい事件を見るたびに同じ子どもをもつ親として心が痛みます。
NPO法人体験型安全教育支援機構代表の清永奈穂さんは、「安全教育は生まれたときから始まっている」と言います。「大人がどう見守っていても、犯罪者はその隙間を見つけてくるので、子ども自身にその隙間を埋めるための力を付けてほしい」からと、全国各地で安全教育に関する体験型学習を行なっています。性犯罪などの被害者にならないために、子どもが身に付けておきたい力について具体的に清永さんに聞きました。
怖い人もいるけれど、あなたを大切に思っている人はたくさんいる
―― 今回、子ども向け絵本『あぶないときは いやです、だめです、いきません』(岩崎書店)を出版されました。どんなきっかけで本を書かれたのでしょうか?
清永奈穂さん(以下敬称略) 昨年、保護者のかたが手軽に読める『「いやです、だめです、いきません」親が教える 子どもを守る安全教育』を出版しました。それに対して今回の絵本『あぶないときは いやです、だめです、いきません』は、子ども自身が楽しみながら読めて、「何かあったときは、こうやって助けを求めればいいんだ」と感じてもらえるような作りにしています。
子どもたちに伝えたかったのは、「怖い人もいるけれど、あなたを大切に思っている人はたくさんいるよ」ということ。もちろん、ときどき怖いこともあるかもしれないけれど、それを乗り越えていく力が必要だと、子ども自身が感じたり、考えたりするきっかけになってくれたらうれしいですね。
―― 清永先生が子どもの安全教育を専門にされるようになったきっかけを教えていただけますか?
清永: 父の影響が大きかったと思います。1980年代前半当時、私はまだ小学生でしたが、父が警察庁科学警察研究所(科警研)の研究者だったこともあり、全国各地の事件現場の実査に同行したり、元犯罪者という人がときどき家に来たり、さまざまな社会現象や犯罪を近くに感じる場面が少なくありませんでした。
そんな環境にいたせいもあって、犯罪を解決するには「教育」という手段が適しているのではないかと考えるようになりました。犯罪者といわれる人たちが、もし早い時期に何かしらの教育を受けていれば、加害者になる可能性は少なかっただろうと思えたんです。
そのために、大学、大学院では教育社会学を専攻しました。卒業後の非行少年についての研究などをしていた時期と、日本でイジメが問題になった時期が重なっていました。
神戸連続児童殺傷事件(1997年)や附属池田小事件(2001年)など、子どもが暴力的に殺害されたり、理不尽に暴力を振るわれたりする事件が次々と起こってきたのもこの頃です。
―― 罪のない子どもが被害を受ける悲惨な事件でしたね。
清永:私自身が出産したこともあって、子どもの事件をいっそう身近に感じるようになりました。
目の前にいる我が子をちゃんと育てられるのだろうかという不安を感じるのと同時に、罪のない子どもを被害に遭わせないようにするためには、科学的かつ系統的なプログラムに裏付けられた安全教育を進めていかなくてはと強く感じるようになりました。
犯罪者のスイッチが入るのは「近づきやすくて逃げやすい場所」に「好みの子どもがいる」とき
――「科学的で系統的なプログラム」について具体的に教えていただけますか?
清永:犯罪者の行動や心理を裏付けとして、発達段階を踏まえながら、そして具体的に体験しながら、少しずつ危険に関する知識や知恵、体力、コミュニケーション力、大人力といった「安全基礎体力」を身に付けていくことを目的としたプログラムです。子どもたちが自助、共助、公助の力を安全教育によって培っていくことをめざしています。
実は最近、世田谷区と一緒に、自分の名前を言えるくらいの年齢である年少さんからのプログラムを作りました。
そこでは最初に伝えたのは、子どものうちは、お父さんやお母さん以外の人に名前や住所など自分の大切なことは伝えてはいけないこと、自分やお友達の命、名前や身体がとても大切だという二つです。
―― 犯罪者の行動や心理をどのように裏付けたのでしょうか?
清永:元犯罪者に協力してもらい、どのような所を犯行場所として選ぶか、犯行をあきらめるのはどういった状況かといった調査分析を行いました。
まず、子どもをターゲットにするとき、どのくらいの距離から狙いを定めているのか、実際にその距離を測りました。
犯罪者は、20メートルくらい前で、子どもに狙いを定め始め、周りに人のいないような逃げ道も確保しています。簡単にいうと、近づきやすくて逃げやすい場所に好みの子どもがいたときに、犯罪者のスイッチが入るということになります。
そこから6メートルくらいの距離まで近づくと、犯罪者はターゲットの子どもを自分の手中に収めたと思っていることもわかりました。
全国6,000人の子どもたちに調査したところ(日本女子大学調査)、犯罪の被害に遭った子どもたちの半数はあきらめずに走って逃げられているんです。しかし一方で、ランドセルや首から下げている防犯ブザーを鳴らせた子はたった2%でした。
言葉で説明したり、どうするかを覚えたりしているだけでは、対応できる力が全く付いていないこともわかりました。だからこそ、科学的根拠のある系統的なプログラムに基づいて、実際に体験させてみる必要性を感じました。
犯罪者は好みに加えて狙いやすいかどうかを見ている
―― 確かに、安全教育というと小学校の講堂に全学年が集められて、一斉に行うようなイメージがあります。
清永:ちょうど私が研究を始めた2000年ころは、安全教育というと、「ただ走る」「ただ叫ぶ」「知らない人の車には乗らない」などを、講堂に集まった1年生から6年生に一斉に教えるのが一般的でした。
しかし、「どれくらい走ればいいのか」「どれくらいの声を出せばいいのか」「どれくらいの距離を離れたら捕まらずに済むのか」そして「不審者とはどんな人なのか」などについての科学的根拠は全くなかったんですね。
―― 多くの保護者は、まさか自分の子どもは「被害に遭わないだろう」と思いがちではないでしょうか?
確かに全ての子どもが被害に遭うわけではありません。しかし、犯罪者の好みは千差万別ですから、どの子も被害者になる可能性はあるんです。また好みだけでなく、どの子が狙いやすいかということも犯罪者にとっては重要です。
つまり、夕方にひとりで歩くときに、隙を見せずにしっかり歩けたり、犯罪者が接近してきたときに振り切れたりする力を子どもが身に付けておけば、犯罪に遭う可能性をグッと減らすことができるということです。
最近増えているSNSに起因する犯罪を見ても、犯罪者はターゲットに断る力があるかどうかを常に試しています。
例えばですが、SNSでもし「裸の写真を送って」と言われても、小さい頃から「こういうことを言う人はあやしいな」という野生の勘と、キッパリ断る力を身に付けていれば、その先の性犯罪につながっていく危険性は低くなります。
2歳、3歳のいやいや期は、安全教育をする良いチャンスです。「いや」と言っていいときと、悪いときがあることがあると、子どもと向き合って、ぜひ教えてあげてください。
お話・写真提供/清永奈穂 取材・文 ・写真/米谷美恵、たまひよ編集部
「子どもが被害者にならないために身に付けたいおきたい力」に続いて、後編では、「加害者にさせない、被害者にならないために大切なこと」について、清永さんに教えていただきました。
■記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
清永奈穂さん
PROFILE
株式会社ステップ総合研究所長、特定非営利活動法人体験型安全教育支援機構代表理事、日本女子大学学術研究員、博士(教育学)。
日本女子大学市民安全研究センター研究員、文部科学省資質の高い教員養成(GP)研究員、科学技術振興機構(JST)研究員等務める。事件現場に赴いての現場分析や、犯罪者行動調査、被害調査を基にして、安全教育、地域安全等について研究。警察庁持続可能な安全安心まちづくり検討委員会委員、内閣府「子ども若者育成支援推進のための有識者会議」委員等歴任。主な著書に、「少年非行の世界」(共著、有斐閣1999)、「世界のいじめ」(共著、信山社2000)、「犯罪からの子どもの安全を科学する」(共著、ミネルヴァ書房2012)、「犯罪から園を守る!子どもを守る!」(単著、メイト社2018)、「いやです、だめです、いきません 親が教える 子どもを守る安全教育」(単著、岩崎書店2021)、「あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本」(単著、岩崎書店2022)他。