「起立性調節障害」を発症し、保健室で過ごす日々。そこでの出会いが映画を作る原動力に【高校生監督インタビュー】
福岡県に住む西山夏実さん(19才)は中学2年生のときに突然、起立性調節障害を発症しました。毎日一番乗りをするほど学校が大好きだった西山さんの日常は、病気によって一変。その体験を映画にしようと、高校2年生のときに一から映画づくりを始めました。1年をかけて完成した作品『今日も明日も負け犬。』は、2021年12月、NPO法人映画甲子園主催「高校生のためのeiga worldcup2022」で最優秀作品賞を受賞。監督を務めた西山さんに、自身の病気とどのようにつき合ってきたのか、続いている闘病のことなどを聞きました。(上の写真は無事クランクアップを迎えたスタッフ)
自分の経験を物語にして届けたい
――起立性調節障害の症状は、起きられないことや動悸(どうき)など身体症状があるそうですが、そのほかにもつらかったことはどんなことですか?
西山さん(以下敬称略) 起立性調節障害は、自律神経の不調によって朝起きられない、立ちくらみ、頭痛、気力がなくなる、集中力の低下などの症状があります。私の場合は中学2年生の春に食欲がまったくなくなったことから始まり、徐々に夕方16時ころにならないと起きられない、夜眠れないなどの症状が現れました。
起立性調節障害は身体的な病気であるんですけど、だんだんと精神的にもつらくなってくる面が大きいと思います。家族とも友だちとも真逆の生活でだれともまったくコミュニケーションが取れず、大好きだった学校にも行けず、夜中に部屋で1人で過ごさなければならない孤独感にさいなまれていました。
――そんな自分の人生を映画にしようと思ったきっかけを教えてください。
西山 私は発症してから中2の終わりころまで、昼過ぎくらいに起きられた日には保健室登校をしていました。そのときに出会ったのが映画にも出てくる少女、ひかるです。ひかるは当時、人と接することが苦手で保健室登校をしていました。私が病気で孤独を感じていたとき、ひかるの存在に助けられた部分が大きかったんです。中学を卒業し、高校1年生の終わりくらいに偶然ひかると再会できたので、7月の彼女の誕生日に合わせて、何か届けたいなと思いました。
それで、なんとなく自分のことやひかるのことを物語にできないかと思い始めていたときに、ちょうど3カ月のコロナ休校があったんです。その時間を利用してクラスメイトで作家志望だった小田実里に「本を書いてほしい」と頼みました。
高校は全日制の普通科で映像の専門コースなどではないので、何もわからないところから2人で始めました。彼女が100時間の取材を通して私の物語を書いてくれ、Googleで「本 作り方」と調べてネットで自費出版し100冊限定で販売してみたところ、なんと即日完売でした。読者の方から「救われた」「もっと広めてほしい」と反響が多く、本を増刷するより映像のほうがもっと多くの人に伝わるんじゃないかな、思ったのがきっかけです。
本が完売してすぐSNSでスタッフ募集。翌月には撮影開始
――西山さん自身はもともと映像を作りたい気持ちがあったんですか?
西山 将来は映像を作る仕事をしたいと思っていて、プロになったらいつか自分の病気のことを映画にしたいな、と漠然と考えていました。でも、本の反響を受けて、今、高校生の私たちが作るほうが、病気で苦しんでいる同年代の人たちにより身近に伝えられるんじゃないかと感じたんです。
本が即日完売してすぐに小田に相談して映画化を決め、1週間後にインスタグラムでスタッフを募集してその翌月には顔合わせをし、撮影が始まりました。集まった28人のメンバーはずべて高校生で、道路の撮影許可を取る方法もわからないところから始めました。
高校に通うこと、映画を撮ること、どっちもあきらめたくなかった
――高校2年生からは映画の撮影も始まり、忙しい生活で体調はどうでしたか?
西山 映画を作ろうと決めて取り組んでいるとき、親には、「病気をもちながら学校と映画とを両立させることは難しいから、体のほうを大切にしてほしい」と、言われていました。でも私は学校も映画も手放したくなかったんです。病気で苦しい思いをしたことをバネにして全日制高校を絶対卒業する、って強い気持ちを持っていたし、病気があるからこそ、今私が発信することに意味があると思っていました。
ただやっぱり無理はしていたので体調を崩してしまい、途中2カ月間、撮影を中断した期間もありました。そのときには、もう私には無理だ、辞めたいというくらいまで追い詰められていました。だけど、映画を撮ることを決めてから毎日発信していたSNSのアカウントに、全国の同じ病気の人たちから応援メッセージが届いていたんです。「映画が完成するまで私も一緒に頑張ります」「私も同じ病気だけど高校受験を頑張ってみます」といったメッセージは、毎日途切れたことがありませんでした。
みなさんの励ましの声に「私がここでへこたれるわけにはいかない」と思えたし、私たちがこの病気を題材にした映画を撮ることで、同じ病気で苦しむ人の生活を変えることができるかもしれない、という希望が原動力になってなんとか撮り切ることができました。
頑張らなくていい、無理しなくていいと伝えたい
――映画は、高校生の映画甲子園で最優秀作品賞を受賞したそうです。周囲でどんな変化がありましたか?
西山 高校生映画甲子園で優勝してから、上映依頼が殺到し、2022年の年内で30カ所くらいで上映されることが決まりました。目に見えた変化があって、ちょっとだけ世界が動いたのかな、と実感しています。映画館以外で学校などでも上映してくれるところもあったようで「周囲の友だちが病気を理解してくれた」という当事者からの感想ももらいました。
「起立性調節障害」という病気の名前を知ってくれる人が増え、当事者の生活が少し変化していることがわかって、本当に作ってよかったと思っています。
――映画は22年の8月末に行われた外来小児科学会の学術集会でも上映され、小児科医や医療関係者からの感想も届いたそうですね。
西山 はい。医療関係者の方々から、「実際診察して薬を出したりしているけれど、患者さんがこんなに苦しんでいることまで知らなかった」という感想を多くもらいました。診察だけでは伝わらない、当事者たちの心の叫びを、いちばん届けたいところに届けられた、という達成感がありました。医療関係者の方に見てもらうことで、間接的に患者さんにいい影響があるといいなと思います。
――最後に、映画のタイトルに込めた思いを教えてください。
西山 「負け犬」というとネガティブなイメージがありますが、あえてそうしています。この病気に限らず何かを頑張ってる人、そして頑張りたくても頑張れない人に対して、「頑張れ」って励ますのではなく「今日も明日も負け犬かもしれないけど、無理にポジティブにならなくていいよ、一緒に生きよう」って、心に寄り添いたいという思いを込めました。
お話/西山夏実さん 協力・写真提供/今日も明日も負け犬。製作委員会 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
西山さんは映画製作の際、本を出版したときに同じ病気の人たちから寄せられた体験も台本に盛り込んだそうです。当事者たちのリアルな心の叫びが作品に込められています。「この映画をいろんな人に見てもらい、起立性調節障害の当事者や家族の苦しい生活が、少しでもいい方向に変わるきっかけになれたらいいなと思っています」と西山さんは言います。
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西山夏実さん(にしやまなつみ)
PROFILE
2003年生まれ、福岡県在住。趣味は、福岡サンパレスに来るミュージシャンの音楽ライブに、月に1回行くこと。最近は、自宅で飼っているハムスターと遊ぶことにはまっている。
映画の原作本『今日も明日も負け犬。ー西山夏実の完全実話録ー』(小田実里著/1200円)は映画公式グッズ販売サイト(https://kyomoashitam.thebase.in/)で購入可能。
『今日も明日も負け犬。』
当時16才で福岡県立筑紫丘高校の生徒だった西山夏実監督が、28人の高校生メンバーと作り上げた映画。2021年12月、NPO法人映画甲子園主催「高校生のためのeiga worldcup2022」で最優秀作品賞のほか、優秀監督賞や最優秀女子演技賞などを受賞。その副賞として、2022年10月アメリカで行われる、全米学生映画祭への出場が決定。海外版タイトルは『Re;birth』。ドイツ・フランス・チェコなどの海外映画祭でも上映が決まっている。年内は国内30カ所で上映予定。