「もっと早く治療を始められていれば…と悔やむことも」難病SMAと診断され、生後6カ月半で遺伝子治療薬を投与。「歩けない」と思っていた子が、伝い歩きができるように【医師監修・体験談】
脊髄性筋萎縮症(以下SMA・エスエムエー)は、遺伝子の病的変異によって起きる難病です。出生2万人に対して1人前後の発症率といわれていて、運動神経がきちんと機能せず、しだいに筋力が低下していきます。しかしここ数年で、SMAの治療は飛躍的に進歩しました。早期発見・早期治療をすると歩けるようにもなります。3歳になる鈴(りん)ちゃんは、1カ月健診のときに「手足の力が弱い」と言われて、大きな病院で遺伝子検査をした結果SMAと判明。ママの平井茜さんに話を聞きました。
確定診断を受けてからすぐに呼吸状態が悪化。生後2カ月になった日に治療を開始
鈴ちゃんが東京女子医科大学ゲノム診療科でSMAの確定診断を受けたのは2020年3月5日、生後1カ月半のときでした。そして確定診断を受けたあと、すぐに鈴ちゃんの呼吸状態に変化が見られました。
「SMAは早期発見・早期治療が必要な病気なので、確定診断を受けてから10日後に別の大学病院に入院し治療を受けることになりました。『スピンラザ®』という薬を使った治療です。
ただこの10日間のうちに、鈴は泣くと過呼吸のように呼吸が苦しそうになっていきました。そのためなるべく泣かさないように、おしゃぶりをしていました。早く治療を受けたい!と祈るような気持ちで、入院の日を待ちました」(茜さん)
鈴ちゃんのように生後6カ月までに発症するSMAはⅠ型といわれ、進行が早いのが特徴です。呼吸が苦しそうになるのもSMAの症状です。
『スピンラザ®』は、2017年7月に製造・販売が承認された薬で、一定期間ごとに背中から脊髄のところに注射をします。そのころは、SMAの治療薬で使える薬は『スピンラザ®』しかありませんでした。
「鈴が大学病院に入院したのは、生後2カ月になる1日前でした。入院の翌日、2カ月になった日からSMAの治療が始まりました。先生からは『スピンラザ®』を使うと、症状が改善すると説明を受けました。
注射をするときは、私は鈴のそばには付き添えません。廊下で待っていると鈴の泣き声が聞こえてきて、あまり泣かず育てやすかった鈴が、こんなに泣くなんてよっぽど痛いんだろうと想像して、胸が締めつけられるような思いでした。でも、『鈴、お願いだから頑張って!』と願うしかありません。
鈴は2週間隔で『スピンラザ®』を4回注射しました。もちろんそのたびに泣きます。1回の投与につき2泊3間の入院が必要でした」(茜さん)
6カ月半には、遺伝子治療薬『ゾルゲンスマ』を投与
鈴ちゃんの場合は、大学病院と都立病院が連携して、SMAの治療は大学病院で。普段の診察は都立病院で受けています。
都立病院は、鈴ちゃんが1カ月健診のときに「手足の動きが弱い」と言われて、紹介された病院です。都立病院で遺伝子検査などをして、SMAが疑われました。
「都立病院の先生から、新しく承認された遺伝子治療薬『ゾルゲンスマ®』の説明を受けました。効果が期待できると言われて、私は早くその薬を使ってほしい!と思いました。
鈴は生後3カ月になっても首がすわる様子がまったくありません。これも筋力が低下してくるSMAの症状からです」(茜さん)
遺伝子治療薬『ゾルゲンスマ®』が製造・販売承認されたのは、2020年5月です。鈴ちゃんは生後6カ月半になった、2020年7月29日に遺伝子治療薬『ゾルゲンスマ®』を投与することになりました。
『ゾルゲンスマ®』は、静脈注射でSMN1遺伝子を細胞の核に取り込ませることで、運動神経がきちんと働くように作用します。投与は1回のみで、2歳未満でないと投与できない治療薬です。
「当時は、新型コロナ第2波の時期でニュースなどは新型コロナの情報ばかりでした。
大学病院の先生からは、新型コロナに感染してしまうと『ゾルゲンスマ®』は投与できないから注意するように指示されていました。夫は在宅ワークだったので、1日中家で過ごすようにして、私も買い物以外は外に出ないようにして感染対策をしました。買い物も回数を減らし、短時間しか外に出ないようにしていました。
7月27日に大学病院に入院し、29日に『ゾルゲンスマ®』を投与しました。そのときは、やっとこの日を迎えられた! という気持ちでいっぱいでした。
ただ副作用が強い治療薬で、副作用を抑えるための薬が苦くて、飲ませても嫌がってすぐに吐いてしまうんです。3~4回、副作用を抑える薬を飲み直すこともあり、とてもつらかったです。『鈴、つらいよね・・・。でも頑張ろう』と心の中で励ますことしかできませんでした」(茜さん)
薬が効いて1歳前に首や腰がすわり、3歳になって伝い歩きができるように
遺伝子治療薬『ゾルゲンスマ®』は、特殊な薬です。カルタヘナ法(遺伝子組み換え生物等の使用について、生物の多様性へ悪影響が及ぶことを防ぐための法律)に従って取り扱わなければいけません。
「先生から説明されたのは『ゾルゲンスマ®』を投与したら1カ月ぐらいは、鈴に素手で直接触れてはいけないということでした。そのため鈴のお世話をしたりするときは使い捨てのエプロン、手袋、マスクをしていました。おむつや吐いたものを捨てるときはビニール袋に入れてしっかり密封し、カラスやネコなどがごみをあさらないように、ごみ収集の直前に捨てるようにとも言われ、先生からOKが出るまでそうした生活を1カ月続けました」(茜さん)
鈴ちゃんは今、3歳です。この4月から保育園の年少クラスになりました。
「治療のかいがあって、1歳前に首や腰がすわり始め、1歳10カ月で寝返りができるようになりました。3歳になって、伝い歩きもできるようになりました。
言葉の発達は『ママ 来て』など2語文ですが、歌が大好きで、体でリズムをとりながらじょうずに歌います。
また治療を始める前は、腕の力が弱くてだらんとしていたのですが、治療後は4カ月になると指をなめようとして、腕を上げるように。1歳半になったら自分でスプーンを持って食べ物を口に運んだり、ボーロをつまんで食べたりもできるようになりました。最近では、ボールも投げられるようになりました。
ただ1人歩きはできないので、現在は月1~2回、リハビリに通って、歩行などの訓練を受けています。SMAの治療が進んでいなければ、今の鈴はなかったです」(茜さん)
【齋藤先生から】『スピンラザ』と『ゾルゲンスマ』は、発病前に投与することで発病を抑えることも可能
SMAの治療薬は、鈴ちゃんが受けた2種類の治療薬に加えて、2021年には内服薬の『エブリスディ®』も承認され3種類になりました。『スピンラザ®』と『ゾルゲンスマ®』は、発病する前に投与することで発病を抑えることも可能です。そこで新生児マススクリーニングにSMAを加えて、早期診断・早期治療をしていくことが必要だという意見が出ています。試験的に始めた自治体も増えてきています。鈴ちゃんの場合には、症状が現れてからの治療開始ですが、治療薬がよく効いているので、手放しで歩行ができるようになることが期待できます。少しずつ体(筋肉)づくりをするためにも、リハビリテーションを頑張ってください。
お話/平井茜さん 監修/齋藤加代子先生 協力/SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
鈴ちゃんにSMAが見つかるきっかけとなったのが生後1カ月の乳幼児健診です。茜さんは「鈴は1カ月半でSMAと診断されたので早いほうですが、症状が出る前にSMAとわかっていれば、もっと早く1人歩きができていたと思います。それが悔やまれます」と言います。
SMAは症状が出る前に発見し、早期治療をすることが本来はベストで、SMAの新生児マススクリーニング検査が全国で実施されることに期待が寄せられます。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。