長男は卵アレルギー。毎日1gのゆで卵を与える自宅摂取の大変さから、加熱全卵粉末が誕生【アレルギー専門医】
卵アレルギーの食物経口負荷試験や自宅摂取などで、医師に指示された量の全卵を手軽に食べさせることができる、加熱全卵粉末というものがあります。開発したのは、高槻病院小児科・アレルギー専門医の榎本真宏先生。先生自身も子どものころからアレルギーがあり、そのつらい経験から小児科医をめざしたと言います。榎本先生の経験と、加熱全卵粉末開発の経緯について聞きました。
子どもの卵アレルギーに悩む、ママ・パパの力になりたくて「たまこな」を開発
榎本先生の小学1年生の長男は、3~4歳ごろまで卵、乳のアレルギーがありました。榎本先生が加熱全卵粉末「たまこな」を開発したのは、長男の卵の自宅摂取の経験がヒントになっています。
――「たまこな」を開発した経緯について教えてください。
榎本先生(以下敬称略) 私自身、子どものころ、ひどいアトピー性皮膚炎と卵アレルギーがありました。よくまわりの人から「かわいそう」と同情されたりしたのですが、同情されても治るものではないし、慢性的な疾患で本人は慣れているので、子ども心に「大人って、子どもの気持ちがわかっていないな」と思っていました。そうした経験が、小児科医をめざすきっかけにもなりました。子どもの気持ちをわかる、わかって代弁できる小児科医になりたかったのです。
わが家には小学1年生になる息子がいるのですが、私のアレルギーの素因をひいたのでしょう、息子もアトピー性皮膚炎と卵、乳、くるみ、カシューナッツの食物アレルギーがあります。
3歳ごろに卵が食べられようになり、4歳ごろには牛乳は飲めるようになりましたが、そのために1歳ごろから自宅摂取を行っていて、毎日、ゆで卵を作って卵白を1gだけ与え続けるのですが、それがとても大変でした。
たった1gしか使わないのに、毎日、かたゆで卵を作らなくてはいけないのです。
現在、乳児では、10人に1人に食物アレルギーがあるといわれていて、2022年消費者庁の発表によると、0歳児の食物アレルギーの原因は卵が約60%、1~2歳では36.3%です。卵アレルギーは、日本人の乳幼児に多いです。
わが家も苦労しましたが、「卵アレルギーの子をもつママやパパの助けになりたい」という強い思いから「たまこな」を開発しました。
2019年11月、医療機関で販売開始
「たまこな」が医療機関で初めて販売されたのは、2019年11月です。プロジェクトが発足して、販売に至るまで1年半ぐらいかかっています。
――「たまこな」の開発で大変だったことを教えてください。
榎本 当初は、自宅のキッチンでかたゆで卵を作ってこまかくして、風で飛ばないように注意しながらドライヤーで乾燥させて状態を見るといった作業の連続でした。
また、アレルギー専門医から意見を聞いて、商品開発にいかしていきました。
「たまこな」は全卵ですが、当初は医師の間から「卵黄と卵白は分けたほうがいい」という意見もありました。しかし半数の医師は「全卵でいい」という意見だったので、コストの面も考えて全卵にしました。
アレルギー専門医のニーズを調査して商品にいかすということに、かなり時間を要しました。
長男はくるみ入りのパンでアナフィラキシーショックを起こし、くるみアレルギーが判明
榎本先生の長男は、くるみとカシューナッツにアレルギーがあります。アレルギー専門医である榎本先生でも「ヒヤリ」とした経験があるとか。
――長男にくるみやカシューナッツにアレルギーがあることは、なぜわかったのでしょうか。
榎本 2歳ごろに、くるみ入りのパンを初めて食べさせたら、アナフィラキシーショックを起こしたんです。食べたら急に嘔吐して、じんましんが出たので、急いで近所の病院に連れて行きました。即時性のアレルギーでしたね。自分は専門医なので対応方法はわかっていましたが、わが子となると少しあわてました。病院の駐車場に着いたころに回復してきたので、少し様子を見て「大丈夫」とわかり受診をせずに家に帰りました。
ヒヤリ体験はその後にもあって、引っ越しをするので、実家に息子を預けていたときに起こりました。
カシューナッツにアレルギーがあると実母に伝えていたにもかかわらず、おやつにカシューナッツを与えてしまって。
母から電話が来て「間違えてカシューナッツを食べさせてしまって、吐いたりしている」と言うので「すぐに救急車を呼んで」と伝えました。高齢なので忘れてしまったのかもしれません。
――くるみやカシューナッツって、ママ・パパは食べさせるつもりがなくても、意外と料理に入っていることもあるのでしょうか。
榎本 以前、外食でピザを食べたときに、息子の様子がおかしくなったことがありました。ジェノベーゼソースがかかったピザだったのですが、息子が口にしたあと、じんましんが出て、嘔吐を繰り返しました。考えると、ジェノベーゼソースにカシュ―ナッツが入っていたんだと思います。ナッツ類はミキサーでこまかく砕いて混ぜたりすると、目で見てはわかりません。そのため注意が必要です。
また「交差抗原性」といって、たんぱく質の構造が似ているために、原因となる食物以外でもアレルギー症状が誘発されることがあります。
たとえばカシューナッツと柑橘系の果物の種は、たんぱく質の構造が似ているんです。わが家の息子も手作りのオレンジジュースを飲んだところ、突然、嘔吐してじんましんが出たことがあります。
自宅やお店で作る、手作りのオレンジジュースなど柑橘系のジュースには、つぶれたり、砕かれた種が混じっていることがあるので、カシューナッツにアレルギーがある場合は注意が必要です。
――たとえばみかんを食べるときも、種は全部取り除いてあげたほうがいいのでしょうか。
榎本 みかんのような小さい種を丸ごと飲み込んでしまった場合は、便として出るので大丈夫です。
ただし口の中で、かんでしまうとアレルギー症状を引き起こします。
――息子さんは卵と乳は食べられるようになったとのことですが、くるみやカシューナッツはどうでしょうか。
榎本 卵と乳は、給食でも食べられるようになりました。くるみとカシューナッツは、今でも食べられません。給食にはくるみやカシューナッツは出ていませんが、念のためエピペンを持って登校させています。
近年、くるみとナッツ類の食物アレルギーが増えています。消費者庁の報告では、2017年までは食物アレルギーの原因食物トップ3は卵、牛乳、小麦の順でした。しかし2020年からは、卵、牛乳、くるみなどの木の実類の順に変わりました。
それによって加工食品に表示を義務づけるアレルギー表示の対象にくるみが追加されました。2025年4月から完全施行となります。
消費者庁の報告によると、食物アレルギーの年齢別原因食物は、1~2歳は木の実類が第3位で15.4%(n=1435)、3~6歳は第1位で27.8%(n=1525)です。
診察をしていてもくるみやナッツ類によるアレルギーが増えていることを実感します。
――くるみやナッツ類のアレルギーが増えているのはなぜでしょうか。
榎本 1つには健康志向の高まりがあると思います。わが家の場合は、炭水化物のとり過ぎは健康によくないとの考えから、子どもが生まれる前から、大人はナッツ類をおやつ替わりによく食べていました。
経皮感作といって、湿疹やかぶれなどの肌トラブルがあるとアレルゲンが皮膚のバリアを通過して、皮膚の奥に入り込み、免疫細胞と反応してアレルギー症状を起こすことがわかっています。
目には見えないぐらいこまかいけれど、くるみなどのアレルゲンが、たとえばハウスダストや子どもの寝具のほこりに混じったりしていて、それが皮膚に付着してアレルギー反応を引き起こすこともあります。
実際に食べなくても、アレルギー反応が起きる準備が、子どもの体の中で進んでいるのです。
――「たまこな」のような商品で、くるみやカシューナッツのアレルギーに対応した商品は、販売する予定はないのでしょうか。
榎本 開発にチャレンジしたことはあるのですが、くるみやカシューナッツは油分が多いのでうまく乾燥しないんですよね。
食物アレルギーは、成長に伴い自然治癒するケースもありますが、就学後は改善しづらい傾向があります。気になるときは専門医に相談して治療について考えてみましょう。
お話・監修/榎本真宏先生 取材・文/麻生珠恵 たまひよONLINE編集部
息子さんは、卵・乳が食べられるようになり「友だちと同じお菓子が食べられる!」と喜んでいるそうです。榎本先生は「卵アレルギーを防ぐために自己判断で、卵を与える時期を遅らせるママ・パパもいますが、それはかえって卵アレルギーの発症リスクを高めることがわかっています。食物アレルギーの予防には、専門医のアドバイスを受けながら、最新の情報を得ることが大切」と言います。
●記事の内容は2023年6月の情報であり、現在と異なる場合があります。
榎本真宏先生(えのもと まさひろ)
PROFILE
医学博士。高槻病院小児科特任医長、のぞみアレルギーオンラインクリニック院長。小児科専門医、アレルギー専門医、周産期専門医(新生児)・指導医。神戸大学医学部医学科卒。同大学院医学研究科卒。神戸大学医学部附属病院などを経て現職。日本アレルギー学会、日本小児アレルギー学会、日本小児科学会などに所属。