麒麟の田村裕、『ホームレス中学生』から17年、「家族だからって完璧にせな、アカン!ていう空気が流れすぎ」3人のパパになって思うこと
2007年に発売された自伝的小説『ホームレス中学生』が、225万部を超える大ヒットとなった、お笑いコンビ・麒麟の田村裕さん。あれから17年のときをへて、2024年7月19日に、『ホームレス中学生』の新装版が発売されました。田村さんは、10歳と8歳の女の子と、4歳の男の子のパパでもあります。今回は、出版にいたるまでの経緯や、講演会などを通じて子どもたちに伝えたいメッセージ、また、田村さんにとっての“家族”や“子育て”について聞きました。
全2回インタビューの1回目です。
発売から17年。この本を知らない今の子どもたちにも読んでもらいたい
――『ホームレス中学生』新装版が発売されました。文字が大きめ、ふりがな多めに大幅リニューアルし、小・中学生の読書感想文にもぴったりな1冊となっていますが、発売にあたっての田村さんの思いを教えてください。
田村さん(以下敬称略) あれから17年という長い年月がたって、この本を読んでいない人たちに、手に取ってほしいという思いが大きいですね。当時、この本を読んでくれた子どもたちが20代の大人になって、「ホームレス中学生、読みました!」とか「“味の向こう側”、挑戦しました!」とよく言ってもらえるんですよ。
でも、今の10代の子どもたちは、『ホームレス中学生』をまったく知らない世代であることを、小学校の講演会などを通して実感しています。だから、その子たちにも本を読んでもらえるんじゃないかな、読んでもらいたいなと思ったのが、今回新装版を出すことになった一番の理由です。
それと、この本は、若い人たちと僕をつなぐものでもあるんです。彼らにとっては、僕なんてもうおっさんだし、相方ばかり売れちゃって(笑)、きっと向こうも気をつかうだろうな〜と思うんですよね。そのときに、ホームレス中学生という話の糸口があるのは、相手にとっても大きいだろうし、自分にとってもありがたいことなんです。
10年後にも、同じように話しかけてくれる若者たちがいてくれたらうれしいですよね。今回の出版は、そのいいきっかけになるかなと思っています。
――17年前の出版のときは、まわりの反響はどうでしたか?
田村 当時は、とにかくすごかったですね。読書感想文とかも、目を通しきれないぐらい送られてきました。なんせ、売れましたからね。
近しい人からも、いろいろなメッセージをもらいましたが、とくに高校時代の同級生からは、「そんなん、全然知らんかったわー」なんて言われました。「うちにごはん食べに来てくれたらよかったのに」と。でも、さすがにあの当時は、恥ずかしさがまさってしまって、まわりの友だちには自分の状況を言えなかったです。
――新装版では書き下ろしが収録されていて、その中でお兄さんとも対談しています。
田村 あらためて、兄とこうしてゆっくり話せる機会をいただけてありがたかったです。兄はどんなことを話すんだろうと、ちょっと怖い気持ちもありましたけど。
本の中でも書いていますが、兄は僕よりも先に芸人をやっていて、僕がNSCに入るタイミングで芸人を辞めてしまったんです。辞めるにいたるまでの、兄の心の移り変わりをあらためて聞くと、ずっしりくるものがありましたね。家族のためを思って芸人を辞めたのはなんとなくわかっていたんですが、本人の口から聞くと思うところがあります。対談中にその話を聞いたときは、涙をこらえるのが大変でした。
生きる意味を失っていた高校時代、恩師との出会いが僕の人生を変えてくれた
――小学校などで講演会の活動をしているそうですが、どんな思いで続けているのでしょうか。
田村 僕の人生は、基本的にはしんどいことが多くて、学生時代は自分が生きている価値を見いだせずに過ごしていたんです。そんな中でも、高校1年のときの担任である工藤先生との出会いがあって、一つ物の考え方が変わっただけで、人生観が180度変わったんですね。それがきっかけで生きるのが楽しいなと思えたし、単純に、生きてみたいと思ったんです。
人生がうまくいっている人や、もともとポジティブな人はいいと思うんです。でもそうじゃなくても、ちょっと自分の中のチャンネルを変えるだけで、十分ポジティブに生きていける才能や素質をもっている人たちって、実はたくさんいるんですよ。そのことを、子どもたちに伝えたいですね。
今はつらくても、これから長く生きていく中で、前向きになれるようなちょっとしたきっかけや出来事があったときに、「あのとき、麒麟の田村さんが茶色い顔して言ってたし、頑張ろうかな」って思ってもらえたらいいかなと。
――田村さんが苦しかった時期に助けてくれた人たちのことは、書籍の中にも書いています。
田村 正直、あのとき工藤先生に出会わなかったら、本当にやばかったです。それからも、みんなに助けてもらって今の僕があるので、自分もだれかの助けになりたいとめちゃくちゃ思っています。
ただ、僕が助けてもらったほどのことを、みんなに返すのは難しいかなと。もし今、中学時代の僕と同じような状況の子どもが近くにいたら、僕自身は家に住まわせてあげたいと思いますが、そのときの家族の状況を考えると、受け入れてあげられるかは、正直わからないですよね。
だから、僕は僕なりの形で、だれかに返していきたいなと思っているんです。インスタグラムのDMに送られてくる悩みに返事をすることぐらいしかできていないんですけどね。
――学生時代に壮絶な経験をした田村さんにとって、近年の子どもの貧困の問題についてどう思いますか?
田村 少しでもそういった子どもが減るに越したことはないですし、空腹で夜も眠れないという子が1人でも減ることが望ましいですよね。ただ、言葉の選択がすごく難しいんですが、家が貧しいなどの困難があることで、それがあるからこそ頑張れる子もいるし、そこで学べる価値観というのも大きいと思うんです。
貧困の子どもが1人でも減ってほしい思いはもちろんありますが、すべての子どもが平等に同じような環境で育つことがいいとは、正直思っていないです。「めっちゃ大変だけど、その環境をバネにしてはね返すんだぞ!」「すべてパワーに変えろ!」と、応援したい気持ちでいます。ただ、いじめや虐待は、絶対にあってはならないですね。
子育ては本当に難しい。わが家の場合は、“失敗したら次で挽回”のスタンスで
――中学生のときに、「解散!」というお父さんのひと言で家族がバラバラになったエピソードは有名です。田村さんは、“家族”についてはどう思っていますか?
田村 家族の関係だったり、子育てって本当に難しいと思うんです。血がつながっているから仲よくしなきゃとも思わないし、親だから絶対に子育てを成功させなくちゃいけないというのも違うかなと。家族だって合う合わないはあるし、いろいろとうまくいかないタイミングだってありますよね。
最近とくに感じるのは、「完璧にせな、アカン!」という空気が流れすぎているんじゃないかなと。もっと、みんな肩の力を抜いてもいいのになと、ずっと思っているんです。
自分も子育てをする中で、何度も失敗していますからね。怒り方だったり、習い事との距離感だったり、お金の価値観だったり・・・。ありとあらゆることを失敗しまくっていて、でも、それでいいんだというスタンスでわが家の場合は子育てをしています。親も人間だし、失敗だってするよねと。
だから妻ともよく、「あれは失敗だったよね、次は挽回できたらいいよね」と話してますよ。別に、僕たち夫婦の考え方が正しいというわけじゃなくて、そのぐらいの肩の抜け方のほうが、自分の失敗を許せるんじゃないかな。あとは、思っていた子育てと“ズレ”が出てしまっても寛容になれると思うんです。そうすれば、虐待や育児放棄、コミュニケーション不足で家族関係が悪くなるとか、そういうことも減るんじゃないかと思いますけどね。
母の気持ちを想像する時間が長かったからこそ、妻を理解できるように
――田村さんは幼いころ、相当なお母さんっ子だったそうですね。田村さんにとって母親とはどんな存在ですか。
田村 母は僕が10歳のときに亡くなってしまったんですが、ずっと、「世界一優しい人だ」と思っていたんですよ。でも、大人になっていろいろな方と接したり、自分も子育てをするようになって、世の中のお母さんはみんな優しいんだということを知りました(笑)
『ホームレス中学生』を書いたことで、当時の母の状況や心境を客観視して、「お母さんの気持ちってこういうことなんや」とちょっとだけつかめたんですね。そのおかげで、世の中のお母さんたちや、妻の母としての気持ちを少しだけ理解できたような気がしているんです。
たとえば、妻が子どもを遊ばせる様子を見て、最初のころは「そんなん気にせんでええやん。こけてでも、のびのび遊ばせたほうがええよ」とかって思っちゃったんです。でも、「そうか、こけ方しだいでは頭を打つ可能性があるんや」と気づいたんですね。僕はそこまで考えがいたってなかったけど、妻はそこまで考えていたんだなと。
あとは、「その辺に落ちてる石ころでも、あめちゃん代わりになるで」なんて感じで僕は生きてきたんですけど、妻が一生懸命に子どもの手を除菌シートでふくのは、ただ単に手が汚れているからじゃなくて、それによって引き起こされる体調の崩れや、さらにそれが家族にうつってしまうことまで心配しているんだなと知りましたね。こういったところに、僕には理解しきれない、母親の愛情を感じましたね。
母と過ごした時間は短かったですが、その分、「お母さん、あのときはどんな気持ちだったのかな」って、想像する時間はほかの人より長かったかもしれないですね。そのおかげで見えてきたものがあって、妻ともうまくいっているので、だから巡り巡って、「お母さんにありがとう」なんです!
お話・写真提供/田村裕さん 取材・文/内田あり(都恋堂)、たまひよONLINE編集部
17年ぶりに『ホームレス中学生』の新装版が出版されることで、これから大人になる子どもたちにも手に取ってほしいという、田村さん。さまざまな経験をへたからこそ、現在は、自身の子育ても肩を抜きながら向き合えているようです。
次回は、3人の子どもたちについてや、現在の仕事や活動について聞きます。
田村裕さん(たむらひろし)
PROFILE
1979年、大阪府出身。1999年、相方・川島明さんとお笑いコンビ・麒麟を結成。2007年には自伝的小説『ホームレス中学生』(ワニブックス)を発売し、225万部を超えるミリオンセラーに。現在は、麒麟としてバラエティ番組に出演するほか、自身がプロデュースするバスケットボール教室を開校。ほかにも、小学生や学生向けの講演会など、幅広く活動している。2011年には一般女性と結婚し、現在は10歳と7歳の女の子、4歳の男の子のパパに。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年9月の情報で、現在と異なる場合があります。
『新装版 ホームレス中学生』
発行部数225万部、歴代ベストセラーTOP30に入る自伝的小説が、小・中学生向けに大幅リニューアル。「文字が大きめ」「小学生でも読みやすい、ふりがな多め」など、読書感想文にもぴったりの新装版に。17年ぶりの新作エピソードや、兄・研一さんとの「思い出、答え合わせ対談」も特別収録。田村裕著/1450円(ワニブックス)