「難病をもって生まれた長男が喜んでくれる絵本を作りたい」未経験から絵本作家になった母の思い【体験談】
北海道在住の庄司あいかさんは、長男(13歳)、長女(10歳)、二男(5歳)、パパの5人家族。長男の隼人くんは結節性硬化症という難病をもって生まれた重心児(重症心身障害児者)です。
庄司さんは、言語理解がむずかしい長男にも読んであげられる絵本をつくりたいという思いから、インクルーシブ絵本作家として活動を始め、障害者や家族の支援を目的とした絵本屋さん「絵本屋だっこ」を設立。今回は、そのきっかけと活動への思いを聞きました。全2回のインタビューの後編です。
思い立ったらすぐ行動。「長男も楽しめる絵本をつくりたい」とわずか2カ月で形に!
3人目の子どもの妊娠・出産をきっかけに、庄司さんは仕事を辞めて育児に専念することを決意。それを機に、自分を見つめ直す時間もできたそう。
「自分のことをあらためて振りかえるうちに、“絵本を描きたい”という昔の夢を思い出しました。そして、『どうせ描くんだったら一般的な絵本じゃなくて長男も楽しめるような絵本がいいな』とぼんやりと思い浮かんで。
実はそれまでも何回か、本屋さんに売っている絵本を長男に読み聞かせたことがありました。そのときは反応がなかったけれど、長男の好きな歌やふれあい、リズムなどをもっと取り入れた絵本だったら楽しめるんじゃないかと思ったんです。
出版社を通すまではいかなくても、とにかくちゃんと形になるものを出版したいと思い調べたところ、Amazonの“KDP (電子書籍とペーパーバックを無料でセルフ出版できるシステム)”にたどりつきました。
ストーリーづくりは、過去にライター業をしていたとき『物語をつくる仕事もしてみたいな』と考えていたため知見があったのですが、絵を描く経験は学校の授業で習った程度。YouTubeのアニメ講座や無料のお絵かきアプリなどを使って1カ月ほど絵の勉強をし、さらに1カ月かけて最初の絵本が完成しました。
絵本制作を思いついたときにはもう頭の中にいくつも物語が浮かんでいたので、そこから一気に10冊ほど描き上げて…。やりたい!と思ったら集中するタイプなので、その時期は本当に家族にあきれられるくらい没頭して制作に取り組んでいました(笑)。
当時はまだ“絵本作家になる”つもりではなく、ただ息子のために絵本をつくってみたかったという気持ちで突っ走っていたというか。家族も趣味の延長だと思っていたはずです」(庄司さん)
自作絵本をとおして、初めて息子と“心が通じた”感覚
「隼人と意思の疎通をとるのは本当にむずかしいので、目が合うだけでもかわいくてうれしい。そんな中、私が制作した絵本で読み聞かせをしたら、初めて私のアクションに反応して笑ってくれたんです!
それまでも笑うことはありましたが、心が通じて笑っているという感じではなくて…。自作の絵本だと、読み聞かせに合わせて『あーっ』て言ったり、私の言葉を待ってくれたり。“心が通じている感覚”というのが初めてで、本当にうれしかった。
ほかにも、ふだんはくっつくと『うー(やめて)』と嫌がられるのですが、息子のためにつくった絵本『ぺったんこ』でふれあい遊びをすると、くっつくことも受け入れてくれるんです。
何をしても一方通行で報われなかった過去の経験があったからこそ、今こうして息子と通じ合えていると実感できるのは、何より幸せなこと。
絵本をひらけば、笑ってくれる。生まれてからずっとかわいかったですが、そんな反応をしてもらえる今がいちばんかわいいなと思っています(笑)」(庄司さん)
自分の子どもが障害を持って生まれてきた意味。絵本をとおして障害への理解を広めたい!
当初、絵本を出版したことは家族以外だれにも言っていなかった庄司さんですが、その後インクルーシブ絵本作家として「絵本屋だっこ」を立ち上げることに。
「あるとき、隼人のリハビリで毎週家に来ていたST(言語聴覚士)さんにすこしだけ絵本を見てもらったことがあって。そのときに『これいいよ、これはちゃんと発信したほうがいいよ』と言ってくださったんです。後日、家にあらためて取材に来てくれて、絵本をその事業者さんのホームページに載せてくれました。そういったことがいろいろと重なって、思った以上の反響をいただくことに。正直、驚きました。
これまで障害児の親として『子どもが障害を持って生まれてきたのには何か意味がある。自分には何かできるんじゃないか』というモヤモヤが心の中にずっとありました。その思いもあいまって、『絵本から障害への理解を広めるような活動をしたい』と思うようになったんです」(庄司さん)
その時期から、本格的に絵本作家として活動を始めた庄司さん。より絵本の目的がわかりやすい肩書がいいと、ご自身を“インクルーシブ絵本作家”と名乗るように。
その後、多くの人に重心児のことを知ってもらう活動として2023年にクラウドファンディング(以下クラファン)を実施。集まった資金で、庄司さんが出版した絵本を全国の重心児支援施設に無料配布する取り組みを始めました。
「クラファン経験者の先輩方からは『個人の“絵本を配りたい”という思いだけで終わらせないように。この活動が社会や未来にどうつながっていくかを、応援してくださったみなさんに見せていこう』とアドバイスをいただきました。
それをきっかけに、“自分1人だけではできないことを実現し、発信できる場所”をつくりたいと『絵本屋だっこ』の立ち上げを決意。“絵本で障害への理解を広める”という私の目標も、ただ作品をつくっただけではなかなか実現できないので、『絵本屋だっこ』をとおして継続的に絵本配布や周知活動をすることが必要だと思いました。
おかげさまで、このプロジェクトは多くの方に支援していただき、これまで全国の約400施設に自作の絵本を無料で届けることができました」(庄司さん)
絵本が“抱っこ”のような親子のコミュニケーションツールになれば
そうして庄司さんが立ち上げた「絵本屋だっこ」。障害者や家族の支援を目的とした、オンライン上のインクルーシブ絵本を集めた本屋さんです。
「長男は重度の障害を持っているので、親としてできることがほとんどない。それでも、ただ“抱っこ”してあげられるだけでいいんだとつねづね思っていました。
そんな思いもあって、『 “抱っこ”で親子がコミュニケーションを取るように、絵本も親子のコミュニケーションツールになればいいな』、『意思疎通ができなくても、絵本があったらそれでいいな』と『絵本屋だっこ』というネーミングにしたんです。
活動を始めてから、絵本を実際に読んだ方から手紙をいただいたり、子どもに読み聞かせている動画を見せてもらったりすることがあり、親子のふれあいやコミュニケーションのきっかけをつくることができていると実感します。
中には『クラファンで無料配布してもらった絵本を歌にしてもいいですか?』という事業者さんもいて。昨年開催したインクルーシブイベントの際に、その歌の動画を流させてもらいました。絵本がきっかけでこのような広がりが生まれたり、子どもたちの楽しそうな姿を見られたりするのは本当にうれしいです」(庄司さん)
さらなる活動の広がりをめざして、「絵本屋だっこ」は2024年にNPO法人化しました。これまでどおりの絵本配布活動に加え、絵本ボランティアの制度、障害児をもつ家族のための相談室の設置や、ワンコイン勉強会の取り組みも実施しています。
「NPO法人化しても、“絵本から障害への理解を広める”という目標は変わりません。私自身は息子たちの育児もあるので、全国を飛び回るのはなかなかむずかしいのですが、サポートしてくれる方々やボランティアさんの力を借りながら、読み聞かせコンサートや、子ども参加型の絵本をつくるイベントなどを定期的に開催できるようにしていきたい。これからもインクルーシブ絵本を知ってもらう機会を増やすために、地道に活動を続けていきたいです。
また、絵本作家としては、今までのような子ども向けの絵本だけではなく、これまでの経験や出会いから学んだことを生かして、社会に必要とされるような絵本をつくっていけたらと思っています」(庄司さん)
障害のある息子と2人のきょうだいの育児をとおして思うこと
3人きょうだいの子育てに家事、そして作家活動、NPO法人の運営と、多忙な庄司さん。最後に、そんな庄司さんが日ごろの子育てで大切にしていることを聞きました。
「隼人に対しては、私に依存しすぎないように気をつけています。将来的に人の手を借りないと生きていけない子なので、なるべくいろんな方に関わってもらう場をつくりたい。
その一環として、小さいころからショートステイに預けるなど、少しずつお互いに離れる練習をしてきました。いちばん最初に隼人を預けたときは、もういてもたってもいられない感覚だったんですが(笑)。やはり何回も経験していくうちに、今は離れている時間にも慣れてきました。こうやって親離れしていくのも大切だと考えています。
下の子たちに思うことは、それぞれ個性があったり病気があったりしても、子どもたちの裏側に隠れている本当の気持ちを見逃がさず、ありのままに受け入れようということ。もしも子どもがマイナスなことをしてしまったときも、その行動だけ叱るんだったら解決にならない。1回その子の気持ちを考えて、悪いことを含め受け入れてあげるってことを意識しています。
これから育児が始まるママやパパ自身も、どうしてもつらいことがあったときって、早く前を向こうと頑張りすぎてしまうと思う。そんなときほど頑張らなくていいし、つらくていいし、悲しくていい。マイナスな感情も、一度受け止めてみてください。
子育てする前はだれしもいろんな理想がありますが、実際に子どもを産んでみると障害や病気の有無に限らず、子どもによってそれぞれ悩みはあって、たくさん壁があると思うんです。そういうとき、ママやパパが苦しくなる要因として、人と比べてしまうことが大きい。苦しくなったときは、人と比べることはいったん休んで、ただ目の前のお子さんとの時間を大切にしてほしいです」(庄司さん)
お話・写真提供/庄司あいかさん 取材・文/安田萌、たまひよONLINE編集部
自身の経験から「絵本屋だっこ」を立ち上げ、絵本を通じて障害理解を広めるため活動を続ける庄司さん。私たち1人ひとりが関心を持ち、少しでも障害について知ることが、庄司さんがめざす、“多様性を認め合うインクルーシブな社会”への一歩となるはずです。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
庄司あいかさん
PROFILE
3児の母で長男が難病の重心児。「絵本で障害への理解を広めたい」という思いから、絵本作家の活動を始め、障害者や家族の支援を目的としたインクルーシブな絵本屋さん「絵本屋だっこ」を立ち上げる。現在は、絵本から障害への理解を広める活動をする非営利活動法人「NPO法人絵本屋だっこ」の代表を務め、障害者やその家族をはじめ、だれもが笑顔ですごせる社会をめざし活動中。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年2月の情報で、現在と異なる場合があります。