「退院というゴールが見えたと思ったのに…」3歳で白血病になった娘、8カ月の入院治療を母が振り返る【急性リンパ性白血病】
安藤紀代子さんの三女の茜(あかね)ちゃん(4歳)は、3歳になってすぐ、急性リンパ性白血病と診断され、8カ月に及ぶ入院治療を行いました。紀代子さんはほぼ毎日病院に泊まり込み、茜ちゃんに寄り添い続けました。
毎年9月は小児がん啓発月間です。安藤紀代子さんに聞く全2回のインタビューの後編は、念願の一時退院と退院に至るまでの入院生活、さらに退院後のことについてです。
精神的にきつくなったとき、ChatGPTに気持ちをつづってみた
急性リンパ性白血病の治療を始めて4カ月ほどが過ぎたころ、3回目の抗がん剤治療が終わりました。茜ちゃんの状態が落ち着き、紀代子さんがほっとひと息ついたところで、予期せぬことが起こります。
「病棟内で水ぼうそうが発症し、いろいろと制限がかかってしまったんです。たとえば、プレイルームの利用や院内のお散歩、他人との接触が禁止になりました。子どもを守るために必要なことだと理解はしても、元気なのに病室から出られなくて茜の機嫌は悪くなるし、ほかのママたちと話すことができなくなるしで、精神的にかなりきつくて、落ち込みました」(紀代子さん)
せめてもの話し相手になってほしいという思いから、紀代子さんはChatGPTに日々の気持ちを書き込んでみました。
「ChatGPTは『今の自分はそう感じているんだなって、まずはその気持ちを認めてあげることが大事だと思う』って返してきました。
さらに、『今日は天気がいいから、家族でたくさんお出かけしたときのことを思い出してしまった』と書くと、『そのときのあなたも今のあなたも、どちらもちゃんと一生懸命生きているんだよ』『どんなときでも親は頑張っているよ!』って。
そんなやりとりをしているうちに、今は確かに特殊な環境にいて、いろいろな制限があるけれど、その中で幸せを見つけられるようになりたいなって、思えるように。ChatGPTが答えをくれたというよりも、やりとりをすることで自分の頭の中を整理できた感じでした。生成AIは使い方に注意をしなくては、という話もありますが、このときの私は助けられました」(紀代子さん)
それから20日ほどのちに、茜ちゃんは一時退院をすることができました。
「家に帰って最初に思ったのは『自由だ~』っていうこと。大きな声を出して遊んでも、泣き叫んでも、だれにも気を使わなくて済むから、茜を自由にさせてあげられます。
10日ほどでしたが、家族全員がそろっていることがうれしくてうれしくて!茜も元気でめっちゃニコニコ。三姉妹が一緒に遊んでいる姿を見て、今までに感じたことのないほどの幸せに包まれました。
小学校に行く長女と二女を『いってらっしゃい』って言って送り出し、『おかえり』って迎えることができる。そんなごく普通のことが無性にうれしかったです。
再入院したら、またステロイド治療と抗がん剤治療が始まります。私も茜もその日々を乗り越えるために、家族からたくさんの愛情とエネルギーをもらって、病院に戻りました」(紀代子さん)
ステロイド薬への不安が強いことを、治療開始前に正直に打ち明ける
再入院後に行うステロイド治療に、紀代子さんはかなり不安があったそうです。
「この時期のステロイド治療は、白血球の一種で、体の中に侵入した病原体を退治する重要な免疫細胞の『好中球(こうちゅうきゅう)』の数値が、限りなくゼロに近づき、その状態がしばらく続くというものでした。
その間に容体が急変したり、ウイルスなどに感染したりすると、重症化する恐れがあるんです。もしそうなってしまったら・・・と考えると、怖くて怖くてしかたがありませんでした」(紀代子さん)
紀代子さんは治療を始める前に、大きな不安を抱えていることを、先生と看護師さんに正直に話しました。
「先生は容体が変わったときの対応についてとても詳しく説明して、最後に『大丈夫です!助けます!』と言ってくれました。看護師さんも『何かあったら遠慮せずすぐに呼んでください』と励ましてくれました。
先生も看護師さんもすごく親身になってくれていることがわかり、感謝の気持ちでいっぱいになるとともに、お任せすればきっと大丈夫と感じました。
でもやっぱり、治療が終わるまでは不安をぬぐいきれず、ずっとずっと緊張していました」(紀代子さん)
ステロイド薬の投与が始まると、茜ちゃんはちょっとしたことで怒り、大声で泣き叫ぶようになりました。
「これからどんどんステロイド薬の影響が出てくるから、大部屋だとお母さんが気を使って大変だろうと、病院側の配慮もあり、急きょ個室に移ることになりました。
とてもありがたい申し出なのですが、茜は個室に移ったことも嫌でたまらないらしく、さらに激しく泣くんです。先生、看護師さん、保育士さんたちに『あっちいって!』『出て行って!』と、激しく攻撃的な態度に。
この治療を開始する前に、小さい子どもは気分のコントロールが難しくなると聞いていたし、ステロイド薬のせいだとわかっていても、今まで見たこともない茜の態度がショックで、がんって本当に怖い病気だと強く思いました」(紀代子さん)
そしてようやくステロイド治療を乗りきったあと、ホッとする間もなく、抗がん剤治療が始まります。
「抗がん剤治療では口内炎がひどくなり、食べたいのに食べられなくなりました。それでもおなかがすくから口に運ぶんですが、食べるとしみて号泣するんです。その姿がかわいそうすぎて・・・。私にできることといったら、『痛いなあ、嫌やなあ。それでも頑張っている茜はえらいなあ』と励ますことだけ。ひたすら早く治れ!早く治れ!と祈っていました」
冷たいものや牛乳、パンなどはしみにくいようでしたが、食べられてもほんの少しだけ。点滴で栄養を補っていました」(紀代子さん)
「勝った!」そう思った数日後に落胆する状況に。こらえきれずトイレで泣く
つらい治療を親子で乗り越えた紀代子さんと茜ちゃん。入院して7カ月が過ぎたころ、好中球の数値が上がり出しました。
「好中球の数値が上がるにつれ、茜がみるみる元気になっていったんです。『よし、病気に勝った!』と、ガッツポーズをしたい気持ちになりました。そして、入院してから全然伸びなかったつめが伸びていることに気づいたときは、『体の機能が整ってきているんだ。好中球ってすごい!』って感動しました。あとは好中球の数値がどんどん上がるのを待つだけ。
退院に向けてラストスパートだ!頑張るぞ~って、とっても前向きな気分になっていたんです」(紀代子さん)
ところが、紀代子さんが期待するような展開にはなりませんでした。
「好中球が上がってきたと喜んだ数日後、その数値が急下降するまさかの事態が起こりました。最後の治療が予定どおりできるか、あやしくなってしまったんです。茜は元気なんですが、好中球が減少すると感染症のリスクが高まるため、部屋から出られなくなります。茜がお友だちと一緒に行くのを楽しみにしていた病院開催の夏祭りにも、参加できなくなってしまいました。
好中球の数値が上がらないことなんて、これまでもしょっちゅうあったけれど、今回は退院というゴールテープが見えたと思った矢先のこと。もうすぐ長女・二女と毎日一緒にいられるようになる、家族5人で暮らせるようになると、退院後の日々を思い描いていただけに、落胆が大きくて・・・。
その反面、ここまで治療が無事に済んだことをありがたいと思わなくちゃいけないという気持ちもあり、心の中がぐちゃぐちゃに。どうしてもこらえきれず、トイレで泣いてしまいました」(紀代子さん)
数日後、ようやく好中球の数値が少し上がり、最後の治療を予定どおり行えることになりました。
「薬だけでおなかがいっぱいになりそうなほどのたくさんの薬を、茜は頑張って飲んでくれ、最後の治療もやり遂げました。3歳児なのにこんなに頑張れるなんて、茜は本当にすごい!と頭の下がる思いでした」(紀代子さん)
すべての治療が終わり、2025年8月19日に茜ちゃんは退院します。8カ月に及ぶ入院生活でした。
「退院後1年半は、外来で処方される抗がん剤を服用します。それにより体に影響が出るかもしれないので、定期的に血液検査をして体の状態を見ていくそうです。そして、そのときの状況に合わせて薬を調整していくとのこと。さらに、大人になるまでフォローアップが必要になるので、病気との戦いが終わったわけではありません。
でも、これから先何があっても、家族がそろっていれば乗り越えていける!そう確信しています」(紀代子さん)
「当たり前が当たり前である幸せ」を、三女に教えてもらっている日々
退院後、茜ちゃんは保育園の登園を再開。紀代子さんも休職していた仕事に復帰しました。元どおりの生活が戻ってきましたが、茜ちゃんが小児がんになったことで、紀代子さんの価値観が大きく変わったそうです。
「以前は『将来のために』『いつか落ち着いたら』と、未来を見すえて行動することもよくありました。それももちろん大切なことですが、茜が白血病になって強く感じたのは、『未来はだれにも約束されていない』ということ。人生は何が起こるかわからない。だから、今この瞬間を大切に生きようと思うようになったんです。
娘たちが行きたい場所があるなら今行く。食べたいものがあるなら今食べる。家族と笑って過ごせる時間を、『また今度』ではなく『今』つくろう。そう考えるようになりました」(紀代子さん)
毎年9月は小児がん啓発月間です。最近、茜ちゃんが京都府立医科大学附属病院の外来を受診した際、そのイベントとして、願い事やメッセージを書くコーナーがありました。
「茜の願い事は、『はやくかみのけがのびて、プリンセスになれますように』。それを見て胸がギュッと痛くなりました。お姉ちゃんたちは髪の毛が長くて、毎日ヘアアレンジを楽しんでいます。その様子を見ている茜は、『なんで私の髪の毛は伸びないの?』って言っていたからです。
治療で一度全部抜けた茜の髪の毛。退院して1年近くがたち、かなり伸びてはきましたが、茜があこがれているのはロングヘア。子どもにとっては、髪の毛を伸ばすことも、お友だちとおそろいのヘアアレンジをすることも、大切な夢なんですよね。
茜が病気になる前は、髪の毛が伸びることなんて、当たり前だと思っていました。当たり前がたくさんあることがどれほど幸せなことなのかを、毎日娘に教えてもらっています。
ちなみに二女は、髪の毛を失った子どもたちに、医療用ウィッグを無償で提供するための髪の毛の寄付活動、「ヘアドネーション」をするために、髪の毛を一生懸命伸ばしているところです」(紀代子さん)
【大曽根眞也先生より】退院後1年半は飲み薬で治療し、フォローアップは大人になるまで続けます
退院後は「維持療法」という飲み薬の治療を1年半ほど続けて、白血病の細胞を根絶します。維持療法中は、当院では2週間に1回通院していただき、診察と血液検査を行っています。治療が終わったあとは、白血病が再発したり、治療の影響で何らかの問題が起こったりしていないかをフォローアップしていきます。
治療終了後、5年間再発しなければ、白血病は治癒しただろうと判断できますが、その後も大人になるまで年1回ほど来院していただき、子どもたちの成長を見守っています。大人になるまでに、茜ちゃんに白血病のことや受けてきた治療のことをよく理解してもらい、大人になってからの健康管理を自らできるようになってもらうことも大切です。
お話・写真提供/安藤紀代子さん 医療監修/大曽根眞也先生 取材・文/東裕美 構成・編集/仲村教子(entente) たまひよONLINE編集部
「たった3歳で白血病という大病と闘った娘の姿が、私たち家族に教えてくれたことは数えきれないほどあります」と話す紀代子さん。家族の時間を大切にしながら、小児がんの子どもたちが少しでも元気になるような行動も起こしていきたいと考えているそうです。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
大曽根眞也先生(おおそねしんや)
PROFILE
京都府立医科大学小児科 准教授。京都府立医科大学大学院修了(医学博士)。同大学小児科助教、講師を経て現職。専門領域は小児血液・腫瘍学、造血細胞移植、小児アレルギー。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年9月の情報であり、現在と異なる場合があります。


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