生前贈与のメリット・節税効果は?
“生前贈与”という言葉をよく聞くようになりました。ネットや雑誌でも目にする機会は増えましたが、何だか難しそうです。贈与や生前贈与、相続とはいったいどんなものなのでしょうか。今回は、生前贈与のメリット・節税効果について、税理士の須栗一浩さんに紹介してもらいました。
須栗 一浩
税理士法人エムエスオフィス 代表税理士
平成7年税理士登録・開業。平成27年より税理士法人へ合流。現在に至る。会社税務か
ら個人の確定申告、相続税に至るまで活動範囲は広い。固くない、いつでも話せる税理士
として活動中。
贈与って何ですか?
最近、“贈与”や“生前贈与”という言葉を耳にする機会が増えました。税理士という職業柄、以前からこれらに関する相談はありましたが、地主さんや会社経営者の方からの相談が主でした。しかし、国による生前贈与を推進する政策や相続税の基礎控除の減額などを背景に、一般の方々にも身近になりつつあります。私が受ける相談だけでも以前の4倍程度、相続税の申告を引き受ける件数も3倍以上にはなりました。一般的な家庭の場合でも、持ち家がある場合などに相続税の申告が必要になるケースが増えたためです。
まず、贈与とは何のことでしょうか。簡単にいうと「ただで何かをあげること」です。ただであげるということは、お菓子やお茶ならともかく、頻繁にあることではないですよね。ただであげるからには、あげる目的があります。前述した“生前贈与”などはその最たるものです。
では、生前贈与とは何でしょうか。生前は「生きているうちに」、贈与は「ただで何かをあげる」という意味なので、「生きているうちにただであげてしまおう」という、“相続の前倒し”を生前贈与と呼ぶのです。財産を相続する際のもめ事を減らすことや、相続税を少なくすることが主な目的です。
相続でもめ事を減らすためというのは、「生前に財産を分けてしまえば、いざ相続するとなるときに、もめる要素を減らせるだろう」という考え方から来ています。
贈与をしたときにどんな税金がかかりますか?
贈与をするうえで悩ましい問題のひとつが税金です。贈与したときには“贈与税”という税金がかかり、贈与された人、つまり財産をもらった人が税金を納めなければなりません。生前贈与の相続税対策は、生前に何年にも分けて財産の贈与を行い年ごとに贈与税を納めれば、財産の相続額が減るため最終的に税金は少なく済むという考え方です。このことを、一般的には暦年課税による生前贈与と呼びます。暦年課税制度を申告した場合、贈与税の基礎控除額が110万円あり、つまり、年間110万円までなら納税しなくてすむのです。
まずは、生前贈与によって相続税が減る仕組みから説明しましょう。
税金にまつわる制度には、所得や財産が多くなると税率も高くなる“累進課税”という仕組みがあります。日本の相続税も累進課税制度を取っていて、相続する財産が増えれば増えるほど、相続税にかかる税率も上がります。ただし、「控除」される分があります。具体的には
相続税の基礎控除額は、
3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)
で計算されるため、
相続人2人の場合、相続税の基礎控除額は
3,000万円 + (600万円 × 2人) = 4,200万円
となります。
そのため、
財産5,000万円を相続する場合、課税対象金額は、
財産5,000万円-基礎控除額4,200万円 = 課税対象金額800万円
となります。財産5,000万円を相続する際の課税対象金額に対する税率は10%であるため、相続税額は2人分合わせて80万円になります。
一方、財産8,000万円の場合の課税対象金額は、
財産8,000万円-基礎控除額4,200万円 = 課税対象金額3,800万円
となりますが、累進課税制度により、財産8,000万円を相続する際の税率は12.3%となるため、相続税額は2人分合わせて470万円となるのです。
このように、財産が増えると税率が上がる“累進課税制度”のために、
相続する財産が多いほど多くの相続税を支払わなければなりません。
では、上の8,000万円のケースをもとに、生前贈与を行った場合に発生する税額を計算してみましょう。
当初の財産8,000万円のうち財産3,000万円を相続者2名に対して、10年間かけて贈与したとします。すると、1名1,500万円。÷10年で相続者1名が1年間に受け取る贈与額は150万円となるので、納める贈与税額の合計は、
(150万円 - 贈与税の基礎控除額110万円 )× 贈与税率10% × 10年 × 2名= 80万円
2人分あわせて80万円となります。
※暦年課税制度を申告した場合の、贈与税の基礎控除額は110万円です
※贈与税の税率は課税対象となる財産の金額によりますが、基礎控除後の課税対象価格が200万円以下の場合、贈与税率は10%となります。
このように、3,000万円を生前贈与した場合の贈与税額は80万円(2人分)、残りの財産5,000万円を相続した場合の相続税は前述の通り80万円(2人分)であるため、納める税金の合計額は160万円(2人分)となり、生前贈与を行わない場合と比較して税金額が310万円(2人分)少なくなりました。
これが生前贈与による税金対策の仕組みです。
生前贈与向きの財産とは?
では、生前贈与向きの財産は、どういったものが当てはまるのでしょうか。
建物のように価値が減っていく財産は、せっかく贈与をしても年々評価額が下がってしまうため、基本的に生前贈与には向きません。
また、上場株式のようなものは価格が変動するため計画が立てにくく、これも生前贈与に向いているとはいいにくいです。
土地については、先々価格が上がると予測される土地であれば、生前贈与を行う財産として適しています。さらに、大きな評価額の土地であれば、長年かけて少しずつ贈与することによる節税効果が期待できるでしょう。しかし、土地の場合は生前贈与をする際の登記費用がかかる、贈与を行う年ごとに毎回評価額を計算する必要があるなど、費用や手間がかかるため、よく検討する必要があるでしょう。
もっとも簡単な方法は預金です。第三者的にも贈与があったことを確認することができ、大きく価値が変動することもありません。手続きひとつで終了するため、容易に行うことができます。
生前贈与をするときの注意点は?
生前贈与をするときの注意点には何があるでしょうか。
まず、生前贈与をして相続財産が減ったとしても、相続時にもめるリスクが完全に回避されるわけではないことを覚えておきましょう。生前贈与をしていても、相続財産がゼロにならない限りは相続人の間で分割協議が必要になります。事前に生前贈与がされていても相続時にもめてしまった場合には、生前贈与の過多が原因でさらに大きなもめ事にもなりかねません。
また、相続税の計算をするときは、亡くなった年から遡って3年間の贈与税の申告は無効となるため、その間に贈与をした財産は相続財産に含めて相続税を計算しなくてはなりません。要するに、亡くなる直前の3年間に行われた生前贈与はなかったことになるのです。生前贈与によって節税できるどころか、この期間にかかった登記費用などの費用は無駄になってしまいます。仕方ないとはいえ、税理士として実際に関わっていると申し訳ない気持ちになります。
まとめ
メディアなどで取り上げられている生前贈与は有利なことばかりに見えますが、財産の内訳や生前贈与できそうな年数、さらには相続人の人数などを把握し、総合的に検討することが必要です。生前贈与はくれぐれも慎重に、行う際には弁護士や税理士に必ず相談して進めていくことをおすすめします。まずは、相続の対象となる財産が全部でいくらあるのかを把握することから始めてみてください。