”謎な詩人”今注目の最果タヒさんインタビュー 初の絵本「本当のことを書いたらおもしろい、と気づいた」
私たちが持っている“詩人”というイメージを超え、部屋に詩が装飾された「詩のホテル」や、詩の展示会など、幅広い活動が話題の最果タヒさん。メディアにはいっさい、顔を出さないことでも知られています。初めての絵本『ここは』の制作を通して気づいた、絵本が持つ魅力を聞きました。
初めての絵本は書くまで3年かかりました
――最果さんが小さいころは、どんな絵本を読んでいましたか?
最果さん(以下敬称略) いつも寝る前に、好きな絵本を選んで母親に読んでもらっていました。お話が好きというよりは、“あの絵に会いたい”とか、“音としておもしろい”とか、そういう感じだったと思います。『わたしのワンピース』が好きだったんですけど、麦畑がバーッと広がっているシーンをすごく覚えていて、絵本の麦畑よりも記憶の中の麦畑のほうがすごいくらいで(笑)。あんまり親は“このお話はこうだね”とか説明しなかったんですね。私が楽しみたいままに、自由にさせてくれて。だから、断片的にしか覚えていなかったり、お話の内容をよくわからないままだったりするけれど、その感覚がかえってよかったなぁと思います。
――今回、絵本を制作しようと思ったきっかけは?
最果 大人になっても絵本はとても好きで、ずっと作りたいと思っていました。初めはファンタジーとか、少し不思議な夢のあるお話を頑張って考えたんですが、よくわからなくなってしまって(笑)。3年ほど悩んで、あるとき、知人がSNSで勧めているのを見て、詩人の谷川俊太郎さんが作った『いるよ』という歌を聴いてみたんです。星は昼間でもいるよ、という内容なんですが、それを見たら急に、“本当のことを書いたらおもしろいんだ!”と気づきました。自分が小さなころ好きだったのはファンタジーとかではなくて、身のまわりにある当たり前のことでした。月は毎日形を変えるとか、水は上から下に流れるとか、そんな発見をするのが楽しかった。そういう「好き」を、絵本を書くときも思い出せばいいと思ったんです。
絵本は、自分で成長を実感するきっかけになる
――「ここは、おかあさんの ひざのうえです」で始まるこの絵本は、「そらのした でもあるね」と、どんどん視点が変わり、ページをめくるたびに驚きがあります。
最果 100%ORANGEの及川賢治さんの絵は、ただ視点が変わっていくだけではなくて、その変化にワクワクする気持ちが、線や色に含まれている気がして、見ているだけで楽しいです。それに、描かれている風船に注目してみると、ずっとそれを追いかけられるようにもなっている。こちらが作ったお話を一方的にどうぞ、と差し出すんじゃなくて、子どもからも何かを見つけに来ることができるような、しかけのある絵本。読むたびにその子だけの絵本に生まれ変わっていくように思います。大人がおもしろいよ!って見せるより、“僕だけが見つけたおもしろさ”を発見してほしいです。
――0〜1才くらいの赤ちゃんだと、絵本の意味はわからず、目をきょろきょろさせたり、手を伸ばすだけのこともあります。
最果 すてきなことだと思います! 絵本って、ページをめくるだけで何かが切り替わっていることを体感できる、最初の機会かもしれませんよね。そういうきっかけになれたら、とてもうれしいです。それに、私は小さいころに読んでいた絵本が、じわじわと姿を変えていくのが好きだったんです。『しろくまちゃんのほっとけーき』もそう。絵には親しみを覚えていて、お母さんが読み上げる文章のリズムも記憶しているけど、意味はよくわからない。でもあるとき、“あっ! これはホットケーキを作る話か! ホットケーキ食べたことあるぞー!”って気づく。そのときの“あ、あ!!!”みたいな興奮が、子どもにとって重要な部分だと思うんです。親が“大きくなったね”と言うよりも、自分自身で自分の変化に気づく喜び。小さいころは自分の成長を実感するのって難しくて、それは与えられた課題をクリアするのとも違うものですよね。いろんなことに気づいたり、吸収できたりすることを、他人に言われるのではなく、自分で知るきっかけとして、絵本はある。『ここは』も、そういう絵本になったらすごくいいなと思っています。
撮影/もろだこずえ 取材・文・構成/ひよこクラブ編集部
本棚に差しておいて、ことあるごとに読み返したくなる絵本『ここは』。おうちで過ごす時間も多い中、親子のコミュニケーションツールに、ママ・パパの息抜きタイムにいかがでしょうか。
最果タヒ(さいはて たひ)
Profile
詩人。1986年生まれ。2007年、詩集『グッドモーニング』で中原中也賞、15年、詩集『死んでしまう系のぼくらに』で現代詩花椿賞を受賞。その他著書多数。
参考/『ひよこクラブ』2020年10月号「SPECIAL INTERVIEW」
書籍『ここは』

お母さんのひざの上に座る“ぼく”の“ここ”は、実はテレビの前で、公園の近くで、宇宙の真ん中でもあった! 当たり前の日常が、最果さんならではの言葉でつづられ、切り取られた絵本。こまかく書き込まれた絵は、眺めているだけでワクワクした気分に。
文/最果タヒ
絵/及川賢治[100%ORANGE]
1300円(河出書房新社)