麻酔科医に聞く! 無痛分娩の麻酔は他の麻酔とは違うの?妊婦さんに知っておいてほしいこと
無痛分娩を検討している妊婦さんが気になるのが、麻酔薬のことではないでしょうか。帝王切開で使われる麻酔薬との違いや、妊婦さんが産院に確認しておくべきことなどについて、産科麻酔を専門としている麻酔科医の先生に聞きました。
麻酔科医が考える「無痛分娩」の意味とは?
実は「無痛分娩」は医学的な専門用語ではありません。英語のLabor epidural analgesiaを直訳すると「分娩時硬膜外鎮痛」となり、どこにも「無痛」という言葉はありません。実際、まったく痛みを感じないくらいまで強い麻酔をしてしまうと、ママが赤ちゃんを押し出す力もなくなってしまいます。ですから無痛分娩では、子宮収縮がわかる程度にまで薄い濃度の局所麻酔薬を使います。数字にたとえるなら10の痛みが3くらいに残ることもあります。そのため「思ったより痛い」と感じる妊産婦さんもいるようです。
産科麻酔専門の麻酔科医は、「無痛」ではなく「産痛緩和」という言葉でイメージしています。産痛緩和とは、文字通り、お産の痛みをやわらげるもの。この「産痛緩和」という考え方のなかには、多くのものが含まれます。たとえば、助産師さんが陣痛のときに一緒についていてくれること、背中をさすること、手を握ること、呼吸法、アロマなどの香りでリラックスするのも産痛緩和です。さらに、楽な姿勢で産むという意味でいえば、フリースタイルの出産もそうでしょう。
無痛分娩で使われる「硬膜外鎮痛」も、こういった「産痛緩和」に含まれます。その効果がかなり強いことから、特別なものだと認識されてしまっているだけなのです。でも硬膜外麻酔さえあれば、ほかの産痛緩和の要素がいらないわけではありません。本当は「硬膜外麻酔」も、精神的なサポートなどと合わせて「産痛緩和」の1つとして選択されるべきものなのです。
無痛分娩の麻酔と帝王切開の麻酔、どこが違うの?
「麻酔」には3つの要素があります。1つ目が鎮痛(痛みを鎮める)、2つ目が鎮静(気持ちが落ち着く)、3つ目が不動化(動かない)です。「麻酔」を「鎮痛」の意味だけでとらえている人が多いのですが、そうではありません。無痛分娩などで使う硬膜外麻酔は「硬膜外鎮痛法」と呼ばれ、痛みは取りつつ、動くことはできるというもの。一方の帝王切開や一般的な手術では、痛みを取るだけでなく、手術を安全に行うため、勝手に体が動かないようにします。
「硬膜外麻酔」を行っているという意味では、無痛分娩も帝王切開も、基本的に手技は同じです。何が違うかといえば、同じ薬を使うけれど濃度を変えているということです。無痛分娩では赤ちゃんを産み出す必要があるため、ママの足が動く程度の濃度になりますが、帝王切開では無痛分娩よりは濃度が強いため、ママは足を動かすことができません。
麻酔科医がいない病院でお産をする妊婦さんはどうする?
海外では、大規模施設でお産をするのが一般的です。そして、そこには産科医のほかに産科麻酔を専門としている麻酔科医がいます。一方、日本でのお産は小規模の有床診療所(クリニック)で行われることが多く、そこでは産科医自身で無痛分娩や帝王切開の麻酔をしています。
もちろんそのこと自体が問題なわけではありません。熱心に麻酔の勉強をされている産科の先生はたくさんおり、産科医のほかに麻酔科医がいるクリニックもあります。実際、無痛分娩を扱う場合は、JALA(無痛分娩関係学会・団体連絡協議会)の講習を受け、知識のアップデートをすることになっています。
2017年に無痛分娩の医療事故があり、無痛分娩の安全性に対して不安を抱く妊婦さんもいるかもしれませんが、実際、そのような事故が起こることは非常にまれです。ただ本来、産科医はお産に専念し、麻酔は麻酔科医が担当するという分業ができるのが、安全面でもっとも理想です。現実的には無痛分娩を扱うすべての分娩施設に麻酔科医がいる状況にはなっていませんが、一方で日本の医療の素晴らしいところは、搬送システムがしっかりしているところ。日本でも産科麻酔を専門としている麻酔科医は大規模施設にいる場合が多いため、万が一のときにどこの病院に搬送されるのか、しっかりと把握しておくことは、妊婦さんにとっての安心材料になるでしょう。
本当に「ハッピーなお産だった」 と言えるように
無痛分娩においては、「痛みをとる」「痛みがない」ことに注目されがちです。でも、「痛みがない」ことだけでは、お産の不安は払拭されませんし、本当の意味での「ハッピーなお産」とは言えないのではないでしょうか。「痛みがない」のは、お産をいいものにする一要素に過ぎません。幸せなお産とは、過去からそのときまでの妊婦さんの精神状態や家族との関係、職場との関係、医師や助産師との関係や、その場の心地よさ、未来への安心感など、いろいろな要素が複雑にからまりあって出来上がるものです。
お産は長い人生の中で、たった一日ほどのできごとです。どんなに大変なお産でも、その後に続く子育てのほうが大変なのも事実でしょう。でも、赤ちゃんが生まれたその日をハッピーな一日として、ママに子育てをスタートさせてあげたい。麻酔科医として、少しでもその手助けができればと願っています。
監修/日本産科麻酔学会 取材・文/樋口由夏、たまごクラブ編集部
「無痛分娩は痛みをとってくれる楽なお産」というイメージが強いですが、そこにはデリケートな問題がたくさん含まれています。わからないことは担当医に質問し、妊婦さんもパートナーと一緒に、ぜひ正しい知識を身につけましょう。
監修 一般社団法人 日本産科麻酔学会
1961年に妊娠・出産に関わる麻酔の研究会として発足。麻酔科医と産科医と助産師とが力を合わせて,妊婦さんと赤ちゃんを守るため、様々な情報発信も行っている。
松田祐典先生
PROFILE
埼玉医科大学総合医療センター 産科麻酔科 診療部長・准教授、医学博士・日本専門医機構認定麻酔科専門医、日本産科麻酔学会 広報委員長・ツイッター部部長
日向俊輔先生
PROFILE
北里大学病院周産母子成育医療センター産科麻酔部門、医学博士・日本専門医機構認定麻酔科専門医
田辺瀬良美先生
PROFILE
東京都立多摩総合医療センター麻酔科、医学博士・日本専門医機構認定麻酔科専門医
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