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初めての妊娠は双子、2回目はまさかの三つ子!「産むことをよく考えて」と言われて落ち込むも、夫の言葉で出産を決意【多胎育児体験談】

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生まれてから、NICUで2カ月ほど入院していた三つ子たち。

大阪府に住むsachinaさん(41歳・主婦)は、2010年に双子の男の子、長男・蘭真(らんま)くん、二男・銀侍(ぎんじ)くんを出産。2014年に三つ子の三男・結友(いと)くん、四男・月煌(つき)くん、五男・逢織(あお)くんを出産。いずれも一卵性で、現在双子は中学2年生、三つ子は小学4年生になり、パパの章夫さん(41歳・自営業)との7人家族です。双子・三つ子の妊娠や出産のころのことについて、sachinaさんに聞きました。全3回のインタビューの1回目です。

双子の出産、育児で精神的に追い詰められていた

小中学校の同級生だったsachinaさんと章夫さんは、同窓会で再会したことがきっかけで交際し結婚。夫婦2人とも三きょうだいで、sachinaさんは長女で章夫さんは末っ子。それぞれきょうだいがいる環境で育ったこともあり結婚当初から「子どもがほしいね」と話していましたが、何人くらいと計画していたわけではなかったと言います。
そして結婚して1年ほどたったころ、sachinaさんの妊娠したことがわかります。

「体調の変化を感じて産院に行ったら、妊娠5週目で双子を妊娠しているとわかりました。私も夫も家系に双子はいなかったのでものすごく驚きました。
夫に伝えたら『うそやん!!!』と信じられなかったようです。当時私はエステティシャンとして働いていましたがつわりがとてもひどく、妊娠6カ月のころから休みをもらうことになりました。産後に仕事復帰したかったのですが、出産後の双子育児が想像をはるかに越えて大変だったことや、職場が自宅から遠かったこともあり、退職となってしまいました」(sachinaさん)

双子を出産した当時、育児について相談する相手がいなかったことや、手伝ってもらえる環境がなかったというsachinaさん。1人で双子育児を乗りきろうとして、体力的にも精神的にもつらい時期だったそうです。

「地元の友だちも1人目が生まれたばかりの人が多く、育児の相談をできる先輩もいなかったし、夫の母も私の母も仕事をしていたので日常的なサポートは頼めませんでした。夫も仕事が忙しく、双子のお世話は基本的に私1人。初めての育児で『ママとして完ぺきに、なんでも全部やらなきゃ!』と思い込んでいました。育児書に書いてあるとおりにしないと! と必死になり、今思えばきゅうくつな子育てをしていました。

生後3カ月くらいまでは、とにかく寝られないことがつらかったです。夫は寝室が別で、私は双子と3人で寝ていましたが、双子たちが次々に泣いて起きる夜がこわすぎて、長すぎて『早く朝になって!』と毎日、毎日思っていました」(sachinaさん)

2回目の妊娠はまさかの三つ子!「産むことをよく考えて」と言われ・・・

管理入院中、三つ子妊娠8カ月のsachinaさんのおなか。

双子ちゃんが幼稚園に通い始めた3歳のころ、sachinaさんは体調の変化を感じ、産婦人科を受診。双子の育児が少し落ち着いて「次は女の子がほしいな」と思い始めていたころでした。

「近所のクリニックを受診すると妊娠5週と言われました。超音波のエコー画像を見せてもらうと、そこには前回の妊娠とよく似た、丸い卵みたいなものがいくつもあって・・・。あれ?この映像見たことあるな・・・と思っていたら、先生から『双子は確実、もしかしたら三つ子かもしれない。いずれにしても大きい病院に行ってください』と言われました。まさか、今回も多胎児とは! 衝撃的すぎました。

そのときは夫が待合室までついてきてくれていたので、診察室から出てすぐ『三つ子かもしれない』と伝えました。前回よりもさらに驚いて『うそやろ?!?!』と(笑)
そして1週間後に双子を出産した総合病院で、双子のときと同じ先生に診てもらいました。先生は『3人とも元気に動いてますよ。・・・でも、なんでなん?』って。『いや、こっちが聞きたいわ』とやりとりしたのを覚えています(笑)」(sachinaさん)

sachinaさんの双子・三つ子と続く妊娠は、医師も驚くほどめずらしいケース。ハイリスク出産となるため母体の負担があることや、子どもが一気に5人に増えることなどもあり、周囲からは「よく考えて」と言われました。

「先生や看護師さんから、私の体の負担、三つ子の成長のこと、経済的なことなどを心配して、『産むかどうかよく考えて』と言われました。心配してくれているとはわかるんですが、だれ1人として『よかったね!』と喜んでくれる人がいないのはさみしい気持ちでした。産まない選択はないと思っていたけれど、どうしよう・・・と迷いました。でも夫だけは『産んでほしい』と言ってくれ、それで産む決意ができました」(sachinaさん)

緊急帝王切開で1500gで生まれた三つ子たち

NICUに入院中の三つ子に面会に行き、初めて抱っこができた日。

三つ子の妊娠中はつわりもあったものの、双子の育児もあり体調を気にしている余裕もあまりなく月日が過ぎていきました。多胎妊娠により子宮頸管が短くなる可能性があるために、妊娠26週くらいから管理入院になることが決まっていたそうです。管理入院中は、義母が仕事を休んでsachinaさんたちの自宅で双子をお世話してくれることに。そして2014年1月、sachinaさんは三つ子の出産の日を迎えます。

「年末の段階では、お正月明けに主治医の先生と帝王切開出産の日を決める予定でした。でも1月3日の診察で子宮口が開いて陣痛が始まっている、とわかり緊急帝王切開で出産することに。自覚はまったくなかったので、突然のことでした。夫に連絡するとすぐに病院に向かってくれましたが、夫が病院に到着したときにはもう赤ちゃんたちが生まれていました。

おなかから出してもらった三つ子たちは、すぐに保育器に入れられて処置に行ってしまったので、私は出産後すぐには3人に会えませんでした。母子健康手帳には、三男・結友(いと)が1550g・41.5cm、四男・月煌(つき)が1538g・41cm、五男・逢織(あお)が1720g・43.5cmで生まれたと書かれています。

夫はNICU(新生児集中治療管理室)のガラス越しに生まれたばかりの三つ子たちを見られたようで、そのときの様子を私との面会で教えてくれました。『びっくりするほど小さかった!』と驚いていました。というのも、上の双子たちは妊娠36週のときに蘭真が2460gと銀侍が2380gで生まれたので、そんなに小さくはなかったんです。私がNICUの三つ子たちに会えたのは翌日でした。3人とも無事に生まれてくれてよかったし、本当にかわいかったです」(sachinaさん)

三つ子たちは約1500gと小さく生まれたものの健康状態はすこぶる良好で、小さく生まれた赤ちゃんに起こりやすい合併症もほとんどありませんでした。3人が入院していた総合病院はほかにもハイリスクで処置が必要な赤ちゃんが入院することになったため、三つ子たちはほかのNICUがある病院に転院することになり、数日後に救急車で保育器のまま転院しました。

「転院先のNICUで体重が2000gを超えたら退院しましょうと言われました。入院中は、毎日母乳を搾乳して冷凍し、双子を幼稚園に送ってから母乳を持って三つ子の面会に行く、というあわただしい毎日でした。出産まで長い間入院していて、双子の兄たちにはさびしい思いをさせてしまっていたので、三つ子が退院するまでは双子との時間を大切に過ごしました」(sachinaさん)

三つ子たちは、約2カ月間ほどの入院中にも健康上の問題はなく、3月に無事に3人とも退院。sachinaさん一家7人での生活が始まります。

お話・写真提供/sachinaさん 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

精神的につらかった双子の育児を経て、さらに三つ子を妊娠したsachinaさん。5人を育てる決意と努力は相当なものだったはずです。当時を振り返りながら話すsachinaさんの笑顔に、たくさんのことを乗り越えてきた強さを感じます。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年4月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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