イケメンだけど苦手な上司と…。まさか妊娠!?【小説「ご懐妊!!」Vol.3】
『ご懐妊!!』Vol.3
スターツ出版文庫の大人気小説『ご懐妊!!』が、たまひよWEBにて連載中。「たまごクラブ」でもおなじみの産科医・大浦訓章先生のひと言解説もお見逃しなく。
●これまでのあらすじ
広告代理店で仕事に打ち込む佐波。悩みといえば、上司のイケメン鬼部長・一色が苦手なことくらい。それなのに、お酒の勢いで彼と一夜を共にしてしまい、しかも後日、妊娠が判明!
二ヵ月①
二ヵ月
妊娠二ヵ月(四~七週目)
胎芽(七週末)…十二ミリメートル、四グラム
子宮の大きさ…タマゴL
この会社に転職して二年。風通しのいい社風、悪くないお給料、やり甲斐(がい)のある仕事。私は満足な日々を送っていた。
強いて言うなら、不満はひとつだけ……直属の上司が苦手ってことくらい。
不動産担当グループ部長、一色褝。みんなが『ゼンさん』って、愛と敬意を持って呼ぶ三十三歳。
見た目は、シンガーでも役者でもある四十代俳優に似た、すごいイケメンだ。目鼻立ちがはっきりしていて、眉は凛々(りり)しく男らしい。真剣なとき、唇が薄く開いていることがあるんだけど、そのちょっと隙のある表情は眼福(がんぷく)ものだ。
この年で部長の役職なのは、社長の古い知り合いというのがひとつの理由。とはいえ、彼が名ばかりの部長じゃないことは社内の共通認識である。
とにかく、めちゃくちゃ頭がキレる。うちの不動産グループが大手の広告代理店と張り合えるくらい大きくなったのは、彼の業に他ならない。妥協しない仕事姿勢は、容易に周囲を巻き込む。
要は性格が鬼で、死ぬほど厳しいの!! たぶん彼は天然のSなのだ。部下が一番苦しく、でも一番やり甲斐と達成感を覚えるギリギリのところを突いて追い込んでくる。一般人は死ぬ気にならないと、彼の仕事ぶりに追いつけないんだけどね。
そういう上司なのに社内の人気は絶大で、先頭に立って結果を出すから、同僚は認め、部下は熱狂的についていく。
私は彼の狂信者ではない。彼に怒鳴られ、納期とクオリティの限界を求められ、毎日ハツカネズミみたいに必死に働いているだけ。
『遅い』
『こんなもん、クライアントに提出する気か』
『できないなら、即辞めろ!』
私がどれだけ必死でも、一色部長の当たりのキツさは変わらない。
えぇい、泣くもんか。負けるもんか。だって、こいつ以外はいい職場なんだもん!
そんな私と部長が同時に忙しくなったのは、九月末のことだった。部長が丸友(まるとも)不動産の仕事を取ってきたのだ。丸友不動産は通常、グループ会社にしか広告を任せない。そこに飛び込んで話をもぎ取ってきたのが、彼本人だった。
最初は小さな看板。丸友側の好評で次の仕事が来る。それを繰り返しているうちに、物件丸ごとの広告依頼が来た。ネット広告、看板、建築現場の覆い……かなりの規模の仕事になる。
他の仕事をすべて後輩社員の夢子ちゃんに回し、私は丸友の仕事にかかりきりになった。部長もそうだった。
ドアトゥドアで四十五分の家にも帰れず、近所の漫画喫茶でシャワーを浴びて仮眠を取る毎日。部長とは丸友の仕事の話しかしない。互いにいたわりの言葉もなく、時折デスクに千円くらいの栄養ドリンクが置かれてあるのが唯一の気遣い。
そういった日々が約一ヵ月経った頃、あの夜がやってきた。
その夜、すでに誰もいないオフィスで、私は自分のデスクにいた。最後の広告の納期。部長が丸友本社で打ち合わせを終えて帰社するのを待っていたのだ。
時刻は二十三時。ようやく彼が帰ってきた。
『梅原、喜べ』
オフィスの戸口に立った部長は、私を見てニヤリと笑った。
『今日のデザインで通った。これで、丸友の案件はオールクリアだ!』
『マッ、マジですか! やったぁぁぁ!』
私はデスクから躍り上がる。
苦しかった一ヵ月が終わった! すさまじい開放感に、高々とこぶしを突き上げる。
『見ろ!』
部長は、両手にガサガサとコンビニのレジ袋を下げている。
『祝杯だ!』
中にはビールにワインにおつまみがたっぷり入っていた。
私と部長の唯一の共通点。それはお酒が大好きってことだ。うちの部署は下戸が多くて、飲み会ではソフトドリンクか低アルコールのカクテルばかりが注文される。そんな中で、部長は焼酎やウィスキーを注文するとき、必ずふたつ頼んでくれる。『梅原にやっとけ』って。お酒という一点のみ、私たちは気が合う。
『なんですか、コンビニのワインですか?』
『他に店が開いてなかったんだから、しょうがないだろ。文句あるならやらんぞ』
『いえいえ、いただきます! 祝杯挙げたいです!』
私たちはプラスチックのカップにビールを注いで、乾杯した。
ちょっと雑な性格の私はオフィスの床に座った。普段かっちりしている部長まで、開放感から適当になっているのか、同じく床に腰を据えてピザまんやチーズをおつまみに酒盛りだ。
ふたりで飲むのは初めてだけど、このときの私たちはともに障害を乗り越えた一体感があった。『よくやった!』という、お互いへの敬意とねぎらいの気持ちで、距離がぐっと縮まっていたように思う。
『あー、マジでしんどかったですけど、やりきりましたねー!』
『本当に、梅原には感謝してるぞ。よく付き合ってくれた』
『部長の口からそういう言葉が出ると、怖いんですけど』
いい気分でビールを平らげ、ワインを開ける。部長いわく、コンビニで一番高いワインらしい。それをふたりですいすいと、一本、二本、三本……。
とても楽しい気分で、いろいろな話をした。好きなお酒から始まり、学生時代に聴いていたアーティストとか、子どもの頃に観ていたアニメとか。
気づけば、ワインの瓶が五本くらい床に転がっていた。
『部長は惜しいなぁ~』
酔っぱらった私は調子に乗って言う。
『顔は好みなんだけどなぁ~。性格が悪すぎ! 惜しいよなぁ~』
『どこが悪いんだよ! 超いいやつだろ、俺はっ!』
同じく酔っぱらった部長が大きな声で返した。
『Sキャラすぎるんですよ! 女子には怖いんですっ!』
『そんなふうに感じるおまえが卑屈なんだよ。……俺から見たら、おまえのほうが惜しい!』
『どこがですか?』
普段なら感じている上司への畏怖(いふ)などどこへやらで、私は詰め寄る。
『顔が惜しすぎる! 性格や仕事ぶりは俺の好みなんだがな! あー、残念な女!』
『うっわ、言いましたね! これでも女優のさとみちゃんに似てるって言われたことあるのに!』
『唇の厚さだけじゃないのか? バカめ!』
大声で悪口を言い合い、ゲラゲラ笑った。
あー、こんなに楽しく話せる人だったんだぁ。新発見だ。
私が新しいワインを開けていると、部長が私をじっと見ている。
『なんですか?』
『髪の毛は……、好みだな。綺麗だ』
私は、ぎゃははっと豪快に笑って、頭を突き出した。
『触ってみます?』
彼が無邪気な顔で頷いた。そして、私の肩までの髪をよしよしするように撫(な)でる。
そして、そのままの流れで私たちはキスをした。
つづく
【小説「ご懐妊!!】次回をお楽しみに
著者/砂川雨路 イラスト/くにみつ 監修/大浦訓章先生
この小説はスターツ出版文庫から刊行されている『ご懐妊!!』より掲載しています。たまひよWEB版は産婦人科医大浦訓章先生の監修のもと一部改訂しております。
砂川雨路
Profile
群馬県出身。東京都在住。著書に、『愛され新婚ライフ~クールな彼は極あま旦那様~』『クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした』(ベリーズ文庫)、『僕らの空は群青色』(スターツ出版文庫)などがある。現在、小説サイト「Berry's Cafe」「ノベマ!」にて執筆活動中。『ご懐妊!!』(スターツ出版文庫)は現在3巻まで発売中。テキストリンクなどもはれる。
大浦 訓章先生
Profile
南流山レディスクリニック院長 慈恵医大卒。産婦人科准教授、同大付属病院総合母子健康センター産科部門長、東京母性衛生学会理事、日本周産期新生児学会評議員・副幹事長、日本周産期新生児学会新生児蘇生法委員などを歴任。現在、周産期メンタルヘルス学会評議員、女性スポーツ研究会理事、2020年産科婦人科学会、医会産科診療ガイドライン作成委員、2023年同評価委員。「たまごクラブ」でも監修をつとめる。
著者/砂川雨路 イラスト/くにみつ 監修/大浦訓章先生
この小説はスターツ出版文庫から刊行されている『ご懐妊!!』より掲載しています。たまひよWEB版は産婦人科医大浦訓章先生の監修のもと一部改訂しております。
砂川雨路
Profile
群馬県出身。東京都在住。著書に、『愛され新婚ライフ~クールな彼は極あま旦那様~』『クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした』(ベリーズ文庫)、『僕らの空は群青色』(スターツ出版文庫)などがある。現在、小説サイト「Berry's Cafe」「ノベマ!」にて執筆活動中。『ご懐妊!!』(スターツ出版文庫)は現在3巻まで発売中。テキストリンクなどもはれる。
大浦 訓章先生
Profile
南流山レディスクリニック院長 慈恵医大卒業。産婦人科準教授を経て、東京産科婦人科学会評議員、東京母性衛生学会幹事長、日本周産期新生児学会評議員・副幹事長、日本周産期新生児学会新生児蘇生法委員会委員などを歴任。「たまごクラブ」でも監修をつとめる。
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