新しいことをスタート!部長もやる気満々【小説「ご懐妊!!」Vol.24】
『ご懐妊!!』Vol.24
スターツ出版文庫の大人気小説『ご懐妊!!』が、たまひよWEBにて連載中。「たまごクラブ」でもおなじみの産科医・大浦訓章先生のひと言解説もお見逃しなく。
●これまでのあらすじ
広告代理店で仕事に打ち込む佐波。悩みといえば、上司のイケメン鬼部長・一色が苦手なことくらい。それなのに、お酒の勢いで彼と一夜を共にしてしまい、後日、妊娠が判明!不安と途惑いの中、部長に「赤ちゃんがいます」と告げたところ、部長の答えは「結婚」。途惑いながらも前進しだした佐波、ふたり暮らしを始め、会社にも報告し、実家にも挨拶に行き…
五ヵ月
そのスタジオは産院の上にくっついていた。ドアを開けると、スタッフTシャツを着たお姉さんがニッコリ笑う。
「こんにちはー」
明るい声に、私はうろたえた。
親切なスタッフ、山田(やまだ)さんに教えられるまま、ロッカールームでのそのそと着替える。申し込みの用紙を書いていると、前のレッスンが終わったのか、ロッカールームに妊婦さんたちがなだれ込んできた。みんないい汗をかいて、楽しそうにしている。
私は他の妊婦さんたちに紛れて、スタジオ内へ入る。床に座って用紙を書くフリをしつつ、きょろきょろと周囲を見回す。前のクラスの人も、私と同じクラスに参加の人も、みんなお腹が大きい。中にはまだうっすらお腹が膨らんでいるくらいの人もいるけど、私より週数が進んでいそう。
「こんにちはー!」
いきなり声をかけられ、飛び上がった。
目の前にはタンクトップとスリムなジャージを着たお姉さん。
「インストラクターの枝(えだ)です。よろしくお願いします!」
「ああっ、はいっ! よろしくお願いしますっ!」
雑誌に出ていた先生のレッスンは、別の曜日とは聞いていた。今日の担当はこの先生なのね……。この人も年上っぽいなぁ。
「一色さんですよね。ついていかなきゃって思わずに、楽しく気楽に身体を動かしていきましょうね。マイペースでお願いします!」
「はっ、ははあっ!」
お代官様の前に引っ立てられた盗人的なリアクションをする私。
あー! やだよー! 怖いよー!
私の内心の叫びをよそに、リズミカルな音楽が流れだす。先生の前説があり、他の妊婦さんたちと一緒に、いよいよマタニティビクスがスタート!
まず、その場歩き。ヨタヨタする。後ろに下がっても前に歩いてもヨタヨタ。
……これは体力低下が理由じゃない。私のリズム感のなさが原因だ。
だって、他の妊婦さんと動きがズレているもん! ストレッチしていても、私だけ、なんか違う?
「はい! じゃあ、一歩前に踏み出してみましょー! マンボステップといいまーす!」
インストラクターの枝先生が声を張り上げる。動きとステップ名を教えてくれるんだけど、みんなみたいにスラスラ動けない。リズム感のある人や、運動を継続していた人には簡単なのかもしれない。でも、私にはしんどいんだ!
「さあ、次は弾む動作に入ります。今、お腹が張ってる人は、歩く動作でお休みしましょう」
枝先生が言って、妊婦さんたちがその場でリズムを取りだす。確かに弾む動作だ。
「それでは、走れそうなら走ってみましょう!」
え!? 走るの!?
なんと、参加の妊婦さんたちがその場で走りだした。今にも産まれそうな大きなお腹の人まで、その場で駆け足をしている。
もちろん、歩いてのんびりやっている人もいる。でも、お腹も出ていなければ、お腹の張りもわからない私がのんびりするわけには……いかないような気がする……。
私は懸命に走りだした。も……もう限界……かも。
レッスンの終盤、私はヘロヘロのクタクタだった。クールダウンでマットに横になっても、息は上がりっぱなし。そして、一ミリも身体が動かないような疲労……。
「はーい、これでマタニティビクスのレッスンを終わりにしまーす! ありがとうございましたー!」
一時間喋りっぱなし、動きっぱなしだった枝先生の元気な言葉とともに、レッスンは終わった。
「いかがでしたー?」
マットでのろのろと着替える私に、枝先生が話しかけてきた。
「あはは、全然ついていけませんでした……」
私は力ない空笑いをする。
「最初はみなさん、そんな感じですよ。スポーツクラブでエアロビクスをやってた方や、ダンスをやってた方以外は。でも、通ってるうちに慣れちゃうんです」
慣れちゃう……。そんな日、私に来る気がしないよ……。
「つわりで体力も低下してらっしゃるでしょう。とにかく、マイペースを心がけてみてください。つらかったら、動作をお休みして歩くんです」
「あの……、マタニティヨガもやってますよね。ヨガでも痩せられますか?」
「ヨガは血流や柔軟性を高め、リラックス効果のほうが期待できます。脂肪燃焼、お産への体力アップなら、ビクスがオススメかな?」
やっぱりそうか。音楽のリズムに乗らなけりゃ、私でもできるかと思ったんだけどな。
「上手に踊る必要はないんです。楽しむことが赤ちゃんとママのためになると思いますよ」
ポンちゃんのため。それを言われると本当に弱いんです。
「運動の効果は、お産を楽にするだけじゃないですよ。腰痛や肩こりの緩和、冷えや便秘の改善にも繋がります」
便秘の改善? その言葉に、私はぴくっと反応する。
実は妊娠してからずっと、便秘がちなのだ。つわりの頃は、食べる量が減ったから当然かと思っていたけど、普通に食べるようになってもなかなか出ない。部長と同居になって緊張しているせいもあるのかも。身体も冷え冷えでいつも寒いし。
「今、赤ちゃんがお腹にいるので、内臓機能全体が少し緩んでる状態です。運動で腸の動きがよくなるんですね」
なるほど……。どっちみち、部長はここに通わせる気満々だから、私は逃げられない。それに便秘や冷えがちょっとでも改善するなら……。
私は枝先生に頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします」
「こちらこそですよ! じゃあ、入会手続きをしましょうね」
大浦先生アドバイス
マタニティ向けスポーツは基本的には体重管理のために行うものではなく、ストレス発散のためと考えてください。また妊婦さんは関節を痛めやすいため、妊娠中の方向けのプログラムかどうか確認してください。
身体が冷えるという表現がありますが、妊娠中は血管が拡張したままの状態になるため、熱のコントロールはあまりうまくいきません。また、便秘になるのは、妊娠を維持するためのホルモンが腸の働きを悪くするためです。食べ物は重力もあるため腸に下りてきますが、ガスは腸が動かなければたまってしまいます。これが便秘の原因のひとつです。
つづく
【小説「ご懐妊!!】次回をお楽しみに
著者/砂川雨路 イラスト/くにみつ 監修/大浦訓章先生
この小説はスターツ出版文庫から刊行されている『ご懐妊!!』より掲載しています。たまひよWEB版は産婦人科医大浦訓章先生の監修のもと一部改訂しております。
砂川雨路
Profile
群馬県出身。東京都在住。著書に、『愛され新婚ライフ~クールな彼は極あま旦那様~』『クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした』(ベリーズ文庫)、『僕らの空は群青色』(スターツ出版文庫)などがある。現在、小説サイト「Berry's Cafe」「ノベマ!」にて執筆活動中。『ご懐妊!!』(スターツ出版文庫)は現在3巻まで発売中。テキストリンクなどもはれる。
大浦 訓章先生
Profile
南流山レディスクリニック院長 慈恵医大卒。産婦人科准教授、同大付属病院総合母子健康センター産科部門長、東京母性衛生学会理事、日本周産期新生児学会評議員・副幹事長、日本周産期新生児学会新生児蘇生法委員などを歴任。現在、周産期メンタルヘルス学会評議員、女性スポーツ研究会理事、2020年産科婦人科学会、医会産科診療ガイドライン作成委員、2023年同評価委員。「たまごクラブ」でも監修をつとめる。
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