【小児科医リレーエッセイ 27】 HBワクチンはすべての人に接種したほうがよい―閉塞感を打破する明るい社会をめざしてー
「日本外来小児科学会リーフレット検討会」の先生方から、子育てに向き合っているお母さん・お父さんへの情報をお届けしている連載です。今回は、済生会横浜市東部病院 小児肝臓消化器科部長の乾あやの先生から、「B型肝炎ワクチン」の大切さについてです。
日本では感染者に対する差別偏見が強いことが課題
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行に伴い、感染者だけではなく、感染者を受け入れる医療機関のスタッフやその家族に対する差別偏見が社会問題となっています。この感染者に対する差別偏見は、B型肝炎患者の人権問題にみられるように世界的にも大きな問題です。とくに日本ではこのような感染者に対する差別偏見が強いようです。
コロナウイルス感染とB型肝炎ウイルス(HBV)感染の決定的な違いは、コロナウイルスは持続感染しませんが、HBVは持続感染する点です。一般に、3歳以下の乳幼児のHBV感染の特徴は、年長児や成人とは異なりHBV感染により容易に持続感染(キャリア化)する点です。たとえばHBe抗原陽性のHBVキャリア妊婦から生まれる小児では、無処置の場合はほぼ100%にHBV感染がみられ、90%以上はキャリアとなります。
HBVキャリアは、人生のどこかで慢性肝炎を発症する
キャリアになってしまった子どもは、人生のどこかで慢性肝炎を発症します。海外では思春期に慢性肝炎を発症する頻度が高いとする報告がありますが、日本では慢性肝炎を発症する好発年齢は明らかでありません。いつでも肝炎を発症する可能性があります、肝炎がおこると肝機能異常がみられますので、血液検査をすればわかります。キャリアの一部は小児でも肝硬変や肝がんなどを発症する可能性があります。
日本おけるキャリア率は献血者以外の集計はほとんどないですが、国民のおおよそ0.5~1.0%と推定され、高齢者のキャリア率は高く、若年者は低いです。HBVの感染様式路は大きく母子感染(垂直感染)と水平感染に大別され、水平感染は母子感染以外の感染様式であり、かつては輸血による頻度が高かったのですが、献血スクリーニングにより激減しました。現在では家族内感染、成人の性行為感染(sexually transmitted infection; STI)、保育園などの施設内感染がみられます。
父子感染を防ぐためには、すべての子どもにHBワクチンを
父子感染に関しては、父親がキャリアであると約25%に父子感染がみられ、約10%がキャリアになることが知られています。私たちは、母子感染の予防が可能になった1986年以前と以降における感染経路を検討しましたが、1986年以降は感染経路が特定できない例が少なくなり、父子感染例が増加していました。父親は母親と異なりHBV感染のスクリーニングをする機会がほとんどありません。やはり父子感染を防ぐためにはすべての子どもにHBワクチンが必要でしょう。
感染不明例の感染経路の判定は慎重に判断しなければなりません。中でも保育園などの施設内感染は偏見や差別などデリケートな問題があるので調査は困難です。また、某保育園での集団感染事例などが知られております。保育園での感染では感染者への対応、処置、感染者を預ける施設での対応、差別など極めて難しい点があります。感染原になった可能性のある保育士さんは不幸な転帰を送られたとされています。極めて痛ましいことです。このような点を考えると保育園での水平感染が起こりうることを理解して、小児のみならず小児を預かる施設で働く人にもHBワクチンの接種が必要です。幸い、最近、入園児や保育士に積極的にHBワクチンを接種する施設が増加しているようです。
血液以外の体液からの感染を示唆する報告があり、相撲や格闘技など運動選手に集団感染の報告があることから、唾液(だえき)、汗、涙などに存在するHBVが目に見えない皮膚や粘膜から体内へ侵入すると考えられました。実際に体液中にHBV-DNAが証明された報告は数多く、私たちもこの点に注目し、HBe抗原陽性のHBVキャリア児の唾液、汗、涙には高頻度にHBVが存在することを報告し、さらにHBe抗原陽性のキャリア児の涙を精製し、ヒトの肝細胞を有するマウスに投与した感染実験を行い、HBV感染が起こることを証明し、これは国際的にも評価されました。
また、最近になり日本にはほとんどなかった遺伝子型AのHBV感染が増加していることが心配されています。これはたとえ成人の感染でも慢性化することがあります。さらに一過性感染で治癒したと考えられた人でも、いろいろな原因、たとえば、悪性腫瘍(しゅよう)に罹患(りかん)するとか免疫抑制剤を投与するなどで、免疫抑制状態になると、肝細胞に残っていたHBVが増殖して激しい肝炎を発症する点です。
このような点を考慮して日本でもやっと2016年からHBワクチンの定期接種が始まったわけです。定期接種を受けた子どもは5歳になりますが、6歳以上の人は定期接種を受けていないので、先に述べた理由から、すべての人にHBワクチンを接種する必要があるのです。
文/乾あやの先生(済生会横浜市東部病院 小児肝臓消化器科部長)
Profile
済生会横浜市東部病院 小児肝臓消化器科部長。専門は肝臓、感染症、代謝異常。日本小児科学会専門医、認定小児科指導医、日本肝臓学会専門医・指導医、小児栄養消化器肝臓学会認定医。院内感染対策などの専門知識をもつインフェクションコントロールドクターでもある。