貧困=不幸ではない。ドキュメンタリー『マザーランド 世界一いそがしい産科病院』から考える妊娠・出産、そして家族の形
ドキュメンタリー映画『マザーランド 世界一いそがしい産科病院』に登場する「Dr.ホセ ファベラ記念病院」は、多いときには1日に100人もの赤ちゃんが生まれるといいます。この病院は、フィリピンの貧困女性を支える最後のセーフティーネット。フィリピン系アメリカ人のベテラン女性監督ラモーナ・S・ディアスは、この作品を通じて、フィリピンの妊娠・出産事情や母親たちが直面するさまざまな事情を浮き彫りにします。
このドキュメンタリーを日本に紹介した動画サイト『アジアンドキュメンタリーズ』代表の伴野智さんに話を聞きました。
家族とともに生きることがフィリピン人の幸せ
ーーー ドキュメンタリー映画『マザーランド 世界一いそがしい産科病院』に登場する女性たちは、貧しくても何人もの子どもを出産しています。なぜでしょうか?
伴野智さん(以下伴野、敬称略):子どもが生まれることと経済的なことはフィリピンの人たちにとって別の次元の話のように感じます。貧困イコール不幸というより、家族とともに生きることが幸せという価値観をもっているような気がします。
例えば、フィリピンでは子どもたちが夢を語るという場面では、「大人になったらお父さんやお母さんのためにお金を稼いで家を建てたい」など、必ず家族が登場します。彼らにとっての夢や将来の希望は、常に家族と密接に関わっているんです。
彼女たちにとってはお産は日常のひとこまに過ぎません。日本人のように子どもが生まれることを特別なこととして捉えたり、どこどこの学校に入れてこんな子どもに育てようなど考えたりせず、「家族がどんどん増えてみんなが幸せになればいい」「どうにかなるだろう」くらいに思って、気楽に子育てしているんだと思います。
実際には、ストリートチルドレンが生まれるような厳しい現実もあるわけですが、それでも今をイキイキ生きているところはたくましいと感じますね。
ドキュメンタリー映画から得る新しい気づき
ーーー日本で当たり前だと思っていることが同じアジアでではそうではない。日本だけで暮らしている私たちにはなかなか気づけません。
伴野:だからこそ、ドキュメンタリー映画を観て同じアジアの国をのぞいたときに、新しい気づきが得られるのではないでしょうか。それが正しい、間違っていることではなくて。価値観は人それぞれでいいと思うんです。そもそも観る人に何かを考えてもらうきっかけを作るのが、ドキュメンタリー映画の役割だったはずですから。
だからこの作品が視聴者の家族や幸福の形を考えるきっかけになればいいなと願っています。
ーーー 他にオススメのドキュメンタリー映画はありますか。
伴野:日本の四ノ宮浩さんが監督した『神の子たち』(2001年制作/フィリピン)は、私がドキュメンタリー映画を大切にしたいと思ったきっかけになった作品です。フィリピンの「スモーキーマウンテン」という巨大なゴミの山に暮らし、ゴミ拾いを生活の糧にしている家族を描いています。そう聞くと、私たちは彼らはさぞ悲惨な生活をしているのではないかと思ってしまいますが、実にイキイキと夢を語るんです。これまでもっていた常識や価値観が見事に覆されました。
『マザーランド』にしても『神の子たち』にしても、ドキュメンタリー映画には、私たちが知らない出産事情や人々の生活、社会の闇などの現実が見えてきます。私たちが知っていることは、フィリピンのある一面でしかないんですね。
この記事を読んでいるみなさんは、日本で出産して子育てされている人が大半だと思いますが、アジアの他の国には日本とは違うお産やさまざまな事情、価値観、家族の形があります。ドキュメンタリー映画を通じてアジアの現状に触れることは、知識を得るだけでなく、自分がどういう子育てをしたいか、どんな親になりたいかを考えるきっかけにきっとつながっていくと思います。
文・米谷美恵
伴野智さんプロフィール
株式会社アジアンドキュメンタリーズ(https://asiandocs.co.jp) 代表取締役社長 兼 編集責任者。2018年8月に動画配信サービスを立ち上げて以来、ドキュメンタリー映画のキュレーターとして、独自の視点でアジアの社会問題に鋭く斬りこむ作品を日本に配信。ドキュメンタリー作家としては、ギャラクシー賞、映文連アワードグランプリなどの受賞実績がある。
『マザーランド 世界一いそがしい産科病院』予告編
https://youtu.be/VSDbpDp3wNw