世界的プロダクトデザイナー深澤直人氏が語る育児「楽しくて、すばらしい時間でした」
世界的なプロダクトデザイナーである深澤直人さんは、イクメンという言葉が流行するかなり前から、ひとりの「親」として育児に携わってきた一人です。
1989年、33歳のときに渡米。滞在中に娘さんが誕生し、4歳まで過ごしたというアメリカでの出産・育児エピソード、そして昨今の父親の育児参加についてお話を聞きました。
いつもはデザインのお話が多い深澤さん。今回は親としてのお話を伺う異色のインタビューとなりました。
プロフィール/深澤直人
プロダクトデザイナー。人の想いを可視化する静かで力のあるデザインや思想に定評があり、国際的な企業のデザインを多数手がけている。家具、インテリア、さらに電子精密機器に至るまで、手がけるデザインの領域は幅広く多岐に渡る。
「出産・育児は夫婦の共同作業」が当たり前と思っていた
ーー90年代はじめ妻の妊婦健診に同行するなど、育児には積極的に参加されたそうですね。
「アメリカでは『出産・育児は夫婦の共同作業』という考え方なので、育児どころか夫が健診に同行すること、出産に立ち会うことは当時でも当たり前でした。
当然ながら日本とアメリカでは制度が異なります。初めての妊娠出産で手探り状態のなか、すべてを自分たちでやらなくてはいけない。
僕が参加することはごく普通のことでした。
なので妊娠中から赤ちゃん誕生が楽しみで、ベビーベッドを手作りしたり、出産準備は僕も参加して進めました」
娘との最初のコンタクトで芽生えた気持ちが、自分の育児のモチベーション
ーー娘さんとの初対面はいかがでしたか?
「誕生直後、いきなり赤ちゃんを渡されて、戸惑いながらも抱っこして。
最初のコンタクトをとったときの感動は、今も覚えています。
よく動物は最初に見たものを親と認識すると言いますが、僕はその逆バージョンで、その気持ちがよくわかるというか、とにかく特別な瞬間でした。
でも、僕はてっきり男の子と思ってて『そういえば、性別は?』と、聞いたら『女の子よ』と、言われて『えー、自分とは違う人類が生まれたのかー』と、そこでもまた衝撃を受け、愛おしさがわきあがってきました。
アメリカはセキュリティが厳しくて、赤ちゃんの取り違えなどのトラブル防止のため、当時から赤ちゃんと両親は同じバンドを手首にはめます。
それが娘と僕をつなぐ絆に思えて、それもすごく嬉しかった。
とにかく初めてづくしの感動であふれた出産でした」
ーー子育てでは何を担当されたのですか?
「なんでもやりましたね。
難産で丸一日かかっての出産でした。アメリカは出産で保険が効くのは、分娩を含めて2日分です。
もう少し病院で妻を休息させたくて、もう1日追加で入院させてくれとお願いしたら『ホテルのスイートとったほうが安いよ』と。
なので、出産直後の1週間は僕も一緒に娘の世話をしていました。ずーっと抱っこして、沐浴もさせて、オムツも替えて、ファーマシーへも買い出しへ行きました。
でも1週間大変だったというより、楽しませてもらった、という時間でしたね。
なぜなら僕の育児方針は、誰がなんと言おうと猫可愛がりする! ですから。
娘とは一緒によく遊びましたよ。仕事を持ち帰った週末は、背負子のようなベビーキャリーに娘を乗せて、パソコンと向き合ってたこともありました。
本当に楽しくて、すばらしい時間でした」
「父親だから」「母親だから」ではなく「親だから」というスタンス
ーー日本に帰国しても積極的に育児に関わったそうですね
「僕が育児に参加するのはアメリカの社会が、会社がそういう空気だから、というよりは僕自身が『育児をしてみたい! 』という好奇心が強かったからです。
母親だから育児、父親だから仕事、と分担する日本の仕組みは、ずっと不思議に感じていました。
親なら育児をするのは自然なことだと思うからです。
周りが、社会が、”こうだから”ではなくて、自分がやりたいのならやればいい。そう思うだけです」
ーー子育て経験が、深澤さんのデザインに影響を与えた可能性はありますか?
「もちろんです。大きな要素になっています。
今回、僕がデザインしたバウンサー『Wuggy』が発売されました。
僕の娘もバウンサーをよく使っていました。
大人は家事をしなきゃ、仕事もしなきゃとなると、子どもとの間にパーテーションを作りますよね。でもそうすると子どもは不機嫌になって愚図ります。
なので僕はそういうとき、娘をバウンサーに乗せていました。するととってもご機嫌になりました。
おそらく大人と同じ場に参加できた気分になれて、嬉しかったのだろうと僕は推察しています。
僕にとってバウンサーはあやす道具というよりも、子どもに安心感を与えるすばらしいもの。
ですが、バウンサーの日本の普及率はそれほど高くないイメージです。
ものすごく可能性を感じるプロダクトだと思って、僕の経験をフルに生かしてデザインさせてもらいました」
取材・文/川口美彩子
娘と初対面をはたしたときのお話では、そのときの記憶が蘇ったのか、抱っこする仕草をしながらその感動を詳細に話してくれ、「帰国した際は、娘の部屋のデザインは僕がしたんです。娘もすごく気に入ってくれたんです」と、満足げな笑みを浮かべるなど、終始おだやかな父親の表情だった深澤さん。
一方でイクメンですねとこちらが声をかけたり、昨今の父親育児参加に関してコメントを求めると、「当たり前のことなので」と、言葉少なめにクールに話されたのが印象的でした。
深澤さんがデザインしたマトリョーシカのようなやさしいバウンサー
深澤さんがデザインしたピジョンのバウンサー「Wuggy 」(ウギー)は、バウンサーで揺れる赤ちゃんの動きがブギウギのダンスを踊っているようだと、名付けられました。
マトリョーシカをイメージしたというボディは赤ちゃんを優しく包み込み、手足を元気に動かしても絶妙にフィット。全体的にほほえましい印象にするため、バックルなども丸みをもたせるなど細かなディテールにもこだわっています。
メーカー希望小売価格2万7500円(税抜き2万5000円)。全4色展開。7月1日より全国のアカチャンホンポにて先行発売中。