ことばの発達だけじゃなく心のケアも大切!口唇裂・口蓋裂の言語療法とは【専門家】
生まれたときから口唇に割れ目がある口唇裂、口の中に裂がある口蓋裂は、約500人に1人の割合で発症するといわれています。口唇裂・口蓋裂の子は、さまざまな問題を抱えることがありますが、その1つがことばの問題です。口唇裂・口蓋裂治療で知られている、昭和大学口唇口蓋裂センターでことばのサポートをする、言語聴覚士の淺野ふみ先生に、言語療法の有効性などについて聞きました。
ことばが不明瞭だと言語訓練が必要。言語聴覚士との面談は1歳過ぎからスタート
口の中に裂がある口蓋裂だと、ことばがはっきり話せないこともあります。そこで必要となるのが、専門的なトレーニングです。
――口唇裂・口蓋裂で生まれると、すべての子に言語訓練が必要になるのでしょうか。
淺野先生(以下敬称略)口唇裂だけの場合は、ことばの問題はあまり生じません。また口蓋裂の子でも約半数は経過観察となり、実際に言語訓練が必要なのは、そのうちの40%ぐらいです。
――言語訓練は、何歳ぐらいから始まりますか?
淺野 昭和大学口唇口蓋裂センターでは、言語聴覚士との面談は、口蓋裂の手術が終わった1歳過ぎに行いますが、実際に言語訓練がスタートするのは4歳ごろから。就学前に終わることを目標に進めます。ただし個人差があり、小学校に入学しても言語訓練が続く子もいます。
――言語訓練の効果について教えてください。
淺野 口蓋裂の子には特有の発音の障害が生じることがあります。たとえば「おかあさん」というときも「おあああ」みたいな感じです。トレーニングの方法は、症状によっても異なりますが、早い子だと半年~1年ぐらいで効果が表れてきます。
――トレーニングは、どのぐらい必要ですか。
淺野 昭和大学口唇口蓋裂センターでは、半年に1回の定期診察のほか、月1~3回言語聴覚士によるトレーニングを行います。
構音訓練は、ピアノの練習と似ていて、毎日、少しずつ行うのが有効なので、自宅でも言語聴覚士のアドバイスに沿って、訓練で習得した正しい発音の操作が定着するように自宅練習をお願いしています。
ことばは、苦手意識を持たないうちに直していくのが理想なので、ママやパパの協力は欠かせません。
病気のことは隠さず子どもに伝えて。隠すと、親子関係にひずみが生じる場合も
子どもが口唇裂・口蓋裂だと、ママやパパはさまざまな悩みを抱えがちです。そうした悩みに対応するのも医療スタッフの役目です。
――淺野先生も、患者さんの家族から相談を受けたりするのでしょうか。
淺野 言語の診察は20分間、個室で行うため話しやすいようで、私もママやパパからさまざまな相談を受けます。たとえばインターネットで見たネガティブな情報について相談を受けることもありますが、医療者から適切な情報を提供することで安心される保護者の方が多いです。
――口唇裂・口蓋裂をもつわが子を受け入れられないという悩みなどもあるのでしょうか。
淺野 それはほとんどありません。あるママは、4人きょうだいの3番目の子が口唇裂・口蓋裂で生まれました。生まれるまでわからなかったそうです。そのママは「病気を知ったときはショックだったけど、顔を見ればやっぱりかわいい」「手術のたびに代わってあげたいと思う」と言っていました。それでも、手術が終わるたびに一歩ずつ治療が前進していく実感があり、前向きになれたそうです。
どの患者さんの家族からも、わが子への深い愛情を感じます。
――子どもへの告知について相談されることもありますか。
淺野 はい、あります。口唇裂・口蓋裂の子が生まれると「将来、子どもが写真を見て傷つくといけないから」と言って、手術で傷がきれいに治るまでわが子の写真を撮らないママやパパもいます。子どもを傷つけたくない親心は、すごくわかります。
しかし子どもは、そのようには思っていないこともあるようです。成人した患者さんが、子どものころ親に傷のことを聞いたとき、「正直に答えてくれないのが、すごく嫌だった」と言っていました。当時、その子は「僕は生まれてこないほうがよかったのかな!?」「お母さんが苦しんでいるのは、きっと僕のせいだ…」と真剣に悩んだそうです。
親子間で、こうした悲しいすれ違いが続くと、思春期になって親子関係に影響が出ることもあります。
今は「この傷、なんだろう?」「なんで僕は、何回も入院して、手術しなくてはいけないんだろう?」と思えば、親がいくら隠しても、小学生ぐらいになればインターネットで調べられます。
――病気に関しては、隠さず本当のことを伝えることが大切なのでしょうか。
淺野 はい、私はそう考えています。子どもが小さいうちから、病気のことは隠さず本当のことを話してあげてください。
「いつ伝えたらいいか?」「どのように伝えたらいいか?」悩んだときは言語聴覚士など担当の医療スタッフに相談してください。口唇裂・口蓋裂はママやパパだけでは乗りきれないことも多くあります。
コロナ禍、ことばの発達で気になるのは、子ども同士で触れ合う機会が減ったこと
コロナ禍で、3密を避けるなど新しい生活様式が定着していますが、子どもたちの育ちを心配する声も聞かれます。ことばの発達には影響はないのでしょうか。
――口唇裂・口蓋裂がある子のことばの発達は、コロナ禍で何か影響はありますか。マスクが原因で、ことばの発達が遅れることはないのでしょうか?
淺野 マスクの影響は、私はあまり心配していません。よくまわりの大人がマスクで口元を隠しているから、乳幼児のことばの発達に影響が出るのではないかといわれますが、家庭の中ではママやパパもマスクをはずしているので、そこまで心配することはないでしょう。
それよりも心配なのは、コロナ禍で子ども同士が触れ合う機会が減ったことです。口唇裂・口蓋裂にかかわらず、ことばの発達は子ども同士の関係が大きく影響します。ことばは重要な伝達手段なので「だれかと、この気持ちを共有したい」という思いが、ことばの発達には欠かせません。
コロナ禍で公園や児童館などに行く機会がぐんと減り、家庭でママやパパとばかり過ごしていると、ことばは育ちにくくなります。そのため感染対策をしながらも、子ども同士で触れ合う機会をできるだけ増やしてほしいと思います。
取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
淺野先生によると、口唇裂・口蓋裂は子どもが小学校高学年ぐらいになると、友だち関係や容姿のこと、親との関係などに悩むようになるそうです。「親には相談できない」という子もいるので、子どもが小さいうちから医療スタッフなどと信頼関係を深めて、何かあったとき子どもが気軽に相談できる場所を作ってあげることが大切です。