小児がんの子どもと家族を50年支援、課題は「サバイバーとなった子どもたちの社会での見守り方」
日本では年間2000~2500人の子どもが「小児がん」と診断されています。これは、子ども1万人に約1人の割合ですが、わが子が「がん」と告げられた時、多くの親はパニック状態になり、適切な対応や選択判断ができにくくなります。そのような小児がんの子どもと家族を、50年以上前から支援し続けているのが、小児がんで子どもを亡くした親たちによって設立された「公益財団法人がんの子どもを守る会」です。理事長の山下公輔さんも、かつてお子さんの小児がん闘病を経験した1人。
その山下さんに、現在の小児がんの状況と、わが子が小児がんと診断された時に親がするべきこと、小児がんの子どもと家族に必要なことなどについて聞きました。「小児がんと家族を知る」第1回。
1〜4歳の病死原因2位、5歳以上では1位が小児がん
今は日本人の2人に1人が、一生のうちに何らかのがんにかかると言われています。しかし、そのほとんどは成人以降にかかるもので、15歳以下におこる「小児がん」は全体の1%にも当たりません(公益財団法人がんの子どもを守る会ホームページより)。そのため、小児がんについてはあまり知られていないのが現状です。
「でも実際には、子どもの死亡原因で小児がんはトップクラス。国立研究開発法人国立がん研究センターによると、1〜4歳では病気による死亡原因の2位、5歳以上では1位で、年間2000~2500人の子どもが小児がんと診断されています」と、公益財団法人がんの子どもを守る会(以下、がんの子どもを守る会)の理事長・山下公輔さんは言います。
がんは、発生した細胞の種類によって「がん腫(しゅ)」や「肉腫(にくしゅ)」、「血液がん」などに分類されます。
がん腫は消化管や気道などの内側や体の表面、臓器などをおおう細胞にできるがんで、肺がんや胃がんなど。肉腫は骨や筋肉などを作る細胞にできるがんで骨肉腫など。血管や骨髄、リンパ節などにできるのが血液がんで、白血病、悪性リンパ腫などがあります。
「大人のがんが体の表面の見えやすいところから起こることが多いのに比べ、小児がんは肉腫と血液がんが多いのが特徴です。体の深いところから始まることが多いため、早期発見が難しいとも言えます。
反面、小児がんは化学療法、放射線療法に極めて高い感受性を持っているという特徴もあります。つまり、大人のがんより治癒する可能性が高いのです」(山下さん)
1960年代までは、小児がんは「不治の病」と言われていましたが、医療の進歩により、現在では7~8割が、かなりの確率で長期生存できるようになったそうです。中でも小児がんで最も多い「急性リンパ性白血病」は、8割以上が長期生存すると言われています(参考:国立研究開発法人国立がん研究センター)。
とはいえ、がんの種類によってはまだまだ治療が難しいものもあり、子どもの病死原因のトップであることには変わりません。だからこそ、多くの人に「小児がん」について知ってほしいと山下さんは言います。
小児がんは誰にも予想&予防できない
子どもががんの診断を受けた時、多くの親はパニックに陥ると言います。不安と焦りで冷静な判断ができず、適切な対処もできないことが多いのだそうです。
実は山下さんも、わが子が小児がんになった経験を持つ親の1人。幸い完治して、現在も元気に過ごされているそうですが、その経験から「冷静になれない親の気持ちは痛いほどわかる」と言います。
「特に母親は『私がああしていればよかった』 『私がこうしなかったから病気になったのでは』と自分を責めてしまいがちです。でも、小児がんは何かをしたから、何かをさせなかったから発症するものではありません。発症は誰にも予想できませんし、予防もできません。お母さんが自分を責めたからといって良くなることは、何もないのです。
少しでも冷静さを取り戻すためにも、まずは小児がんやその治療についての正しい情報を集め、専門家に相談して、しっかりした治療計画を立てることが何よりも重要です」(山下さん)
「がんの子どもを守る会」は、そうした子どもと親をサポートするため、1968年10月に小児がんで子どもを亡くした親たちによって設立されました。専門のソーシャルワーカーや嘱託医が、小児がんに関するあらゆる相談に応じ、病院や医師の紹介から経済的支援、自宅から離れた所で治療を受ける家族への宿泊施設の提供、そして患者家族同士の交流の場を提供など、全方位の支援を行なっています。
「これらの支援は全て、会員になってもならなくても、分け隔てなく受けることができます。全国21箇所に支部があるので、お住まいの地域で細やかな対応や連携を受けることもできます。こういう会があって、いつでも何でも相談できることを知っていれば、万が一の時もパニックにならずに済むのではないでしょうか。
会のホームページでは、小児がんについての正しい情報も多く発信しています。その情報を見ていただくだけでも、ずいぶん安心できると思います」(山下さん)
治る病気になってきたからこそフォローアップが重要
小児がんの治療が進歩している現在、がんの子どもを守る会では新たな取り組みも始めています。それが「長期フォローアップ」です。
がんとの闘病を無事に乗り越えた人たちを含む「がん経験者」のことを「サバイバー」と呼びますが、小児がんサバイバーは治った後の人生が長く、何十年と続きます。
しかし、がんそのものや化学療法・放射線治療の影響で、治癒後に合併症が生じたり、後に別のがんが発生するリスクが高いのが現実。完治したからといって、そこで終わりではないと山下さんは指摘します。
「病気が治ると万々歳という気持ちになって『もう小児がんや病院のことなんて聞きたくない、考えたくない』となってしまう親も少なくはありません。でも、後に何かが起きた時、かつて自分が小児がんだったことを本人が知らなかったり、知っていても何のデータも残ってないと、適切な治療やサポートが受けられません。
もちろん、何か起きるのではと心配し過ぎるのは良くありませんが、後々まできちんと健康フォローアップをすることが非常に大切です」(山下さん)
がんの子どもを守る会が設立当初よりミッションとして掲げているのは「小児がんを治る病気にしたい」と「小児がんで苦しむ家族のいない世の中にしたい」という2つ。1つ目はかなり実現に近くなってきており、将来的に小児がんはさらに克服しやすくなると考えられています。
「でも、2つめの『小児がんで苦しむ家族のいない世の中』の方は、会の設立当初と状況は大きく変わってはいません。小児がんを治すためには抗がん剤や移植といった厳しい治療が必要で、本人も家族も精神的にも肉体的にも大変です。その意味では、治った後のケアもとても大切。この問題は今後、より重要になってくるでしょう」(山下さん)
小児がんサバイバーの課題とは?
小児がんサバイバーが増えつつある今、それを迎え入れる周囲の人にも、小児がんに対する正しい知識や対応をもっと知ってほしいと山下さんは訴えます。
「小児がんサバイバーのご家族からは、『退院して学校に行った時に周囲があたたかく受け入れてくれてうれしかった』など、さまざまな良い話を聞きます。しかし一方で、なかなか理解がされず辛い思いをされているケースも多数あります」(山下さん)
例えば、学校の先生が「白血病になったら死ぬ」という誤った古い先入観を持っていて、サバイバーの子どもに「〇〇ちゃん、生きて帰ってきたんだね」などの心ない言葉をかけるケースは、今もまだあるとのこと。また、治療の副作用や後遺症による見た目の変化から、周囲からひどい言葉を言われたり特別扱いされたり、成長してからは就職で不利になる場合もあるのだそうです。
「その多くが、小児がんについて知らなかったり、誤った知識を持っていたりするために起こっています。
ある医師が言っていたのですが、小児がんが克服しやすいものになることで、今後は新幹線の一両が満席だとすると、その中に1〜2人は小児がんサバイバー経験者がいる計算になるのだそうです。つまり、そのくらい生存者が増えているということ。皆さんのお子さんと同じクラス、皆さんと同じ職場に、小児がんサバイバーが入ってくることも、今後は増えてくるでしょう」(山下さん)
そのとき、周囲は、私たちはどのように対応できるでしょう。現在、学校ではがんに対する教育が行われています。しかしそれは「がんにならないために、喫煙はしないようにしましょう」など、「大人のがん」を前提にしたものだけだと山下さん。
「大人になった時にがんにならないための教育はもちろん大切ですが、自分の周りにも、自分達と同じような年頃でがんになる子どもがいるという現実を知ってもらうこともとても重要です。そういう子が帰ってきた時にどうやって受け入れるか、日常的にどのように対処するのが良いかを考える教育も、必要なことだと思います。
そこが変われば、小児がんの子どもだけでなく、さまざまな障害・難病を抱える子どもの生活も変わるでしょう。がんの子どもを守る会では、そういう点にも今後働きかけていきたいと考えています」(山下さん)
取材協力/公益財団法人がんの子どもを守る会 取材・文/かきの木のりみ
子どもががんと診断された時、ネットを検索して間違った情報を見て、いたずらに不安になったりパニックになってしまう方はとても多いと山下さんは言います。
「ネットには古い情報や偏った情報がたくさんあるので、やみくもに検索することはおすすめできません。 『がんの子どもを守る会』や、国立がん研究センターのポータルサイト『がん情報サービス』など、きちんとしたバックグラウンドを持つサイトを選び、正しい情報を得るようにしてほしいです」(山下さん)
「小児がんと家族を知る 第2回」では、がんの子どもを守る会の会員で、現在もボランティアとして小児がんの子どもと家族を支える活動をしている酒井正代さんに、息子さんの小児がん闘病の記録と、家族で乗り越えた壁の数々などについてお話ししてもらいます。