何度しかっても子どもが同じことをする理由を、脳科学を踏まえて考えると、大切なのは『前さばき』【専門家】
「何度しかっても同じことを繰り返す」。多くのママ・パパが悩んでいることではないでしょうか。「<叱る依存>がとまらない」の著者で、臨床心理士・公認心理師の村中直人先生によると、脳科学と心理学から見た場合、しかることは子どもの理解(学習)に結びつかないため、当然のことなのだとか。子どもに「覚えてほしい」「理解してほしい」と願うことを、親子ともにストレスなく伝えるにはどうしたらいいのか聞きました。
しかられて行動を変えるのは脳の防御反応。学習していないから何度も繰り返す
――多くのママ・パパが子どもをしかるのは、何か学んでほしいことがあるときです。しかったその場では理解したように思える行動を取るのに、また同じことをするのは、子どもの理解につながっていないからでしょうか。
村中先生(以下敬称略) しかることは相手に大きなストレスをかける行為なので、その場での行動を変えさせるという点では、大きな効果を発揮します。そのため、危険な行為を止めるときなどには非常に有効な手段といえます。
しかし、子どもに状況を理解させ、それに適した行動を自分で考え、行動に移させる効果は期待できないのです。
たとえば、「電車の中では騒いじゃダメ!」と強い口調でしかると、子どもはおとなしくなるでしょう。その行動を見ると「しかったことで子どもの理解を促せた」と考えてしまいますよね。でも残念ながら、子どもの脳内ではまったく異なる反応が起きています。「しかられたくない、怖い思いをしたくない」という脳の防御システムが作動し、その状況から逃れるための手段として、言われたとおりに行動したにすぎないのです。
――しかられるのが嫌でママ・パパの言うとおりに行動しただけで、どうふるまえばいいのかを理解しているわけではないから、また同じような行動をする、ということですね。
村中 そうです。さらに、もうひとつ理由が考えられます。大人から見たら「電車の中」という状況は、多少条件が変わっても同じ状況ですが、子どもにとっては一回一回が新しい経験です。
外を走る電車と地下鉄では、子どもが受ける印象が大きく変わるでしょうし、各駅停車の電車と特急電車でも、車内の雰囲気から受けるものはかなり違うかもしれません。年齢が上がるにつれ、また、経験を重ねるにつれ、電車は違っても電車の中という状況は同じ、という理解が深まっていきますが、少なくとも3~4歳ごろまでは、それを理解するのは難しいと思います。
しかる回数を減らすには、しかる状況を作らないようにする『前さばき』が大切
――村中先生は、著書の中で「しかる回数を減らしていくためには『前さばき』が重要」と書いています。『前さばき』とはどのようなものでしょうか。
村中 子どもの行動に対する親の反応として、『後さばき』と『前さばき』があります。『後さばき』は何かが起こった後にする行為のことで、「しかる」も「ほめる」も『後さばき』です。一方、しかる状況を生み出さないようにするために、子どもの状態や周囲とのかかわりなどを考え、事前に対処することが『前さばき』です。
『前さばき』を行うには、子どもの立場になって考えることが欠かせません。たとえば、なぜ子どもが電車の中で騒いでしまうのかを考えてみる。電車の中は静かにしないといけない場所だと理解できていない、電車に乗った時間におなかがすいていた、眠かった、子どもが好きそうなものが見えてつい動いてしまうなど、さまざまな理由が思い浮かぶのではないでしょうか。その上で、しからなければいけなくなる事態を避けるための環境を整える。それが『前さばき』です。『前さばき』をするために必要なのは、ママ・パパの「子どもの行動を予測する力」なのです。
――子どもが小さいうちは、眠くなったりおなかがすいたりする時間帯に電車に乗るのを避けたり、子どもの気を引くおもちゃを持参したりして、電車の中で騒がない工夫をしているママ・パパが多いように思います。無意識のうちに『前さばき』をしていたということですね。
村中 そうなんです。子どもが低年齢であるほど、「できないのが当たり前」と考えてママ・パパは行動するので、自然と『前さばき』をしているんです。ところが、子どもの年齢が上がるにつれ、「電車の中は静かにできて当たり前」と考えるようになり、『前さばき』をしなくなっていきます。その結果、子どもが騒いだあとでしかりつけることになります。
――子どもの年齢が上がり、ある程度コミュニケーションが取れるようになってからは、どのような『前さばき』が有効でしょうか。
村中 子どもが小さいころの『前さばき』 はママ・パパ主導で行いますが、子どもの理解力に合わせて、先の見通しを説明するのがいいと思います。たとえば、駅に向かう道すがら、「これから電車に乗るから、電車の中では静かに絵本を見ようね」「もしも騒いじゃったら途中で一度降りるよ」などと説明します。これをするだけで、子どもの心と体の準備の整い方が変わります。
子どもがもう少し大きくなったら、「電車の中で騒がないようにするにはどうしたらいいと思う?」と子どもに問いかけ、考えさせてみるのもいいいですね。「いちばん後ろのすみっこの席が好きだから、そこならじっとできる」など、ママ・パパには思いつかなかった提案が出てくるかもしれません。
子どもが自分で考えて行動し、うまくいったことは、成功体験として子どもの自信につながります。反対にうまくいかなった場合も、子ども自身が考え、チャレンジした経験は、学びに結びつきます。こうした効果は、「しかる」では得られないことです。
90%身についたとママ・パパが感じるまでは『前さばき』を続けよう
――先の見通しを説明したり、親子で一緒に考えたりして、その場に適した行動を子どもが取れるようになってきたことに対して、『前さばき』はいつごろまで必要ですか。
村中 子どもが大きくなるほど、一度できた(理解した)ことは常にできると考えがち。実は、何かをできる確率が50%を超えたときくらいがとても危険で、できない場合でも「しない」と感じ、しかることが多くなります。「昨日はおとなしくできたのに、なぜ今日は騒ぐの!?」などと考え、しかってしまうんですね。
「しかるを手放す」には、100%できるようになるまで『前さばき』をするのがベストですが、90%は理解できた、身についたとママ・パパが感じられることについては、『前さばき』を卒業して、子どもの様子を見てもいいと思います。
――「ほめる」は「しかる」と同様、『後さばき』とのことですが、ほめることで理解が深まるということはないのでしょうか。
村中 「ほめる」には2種類あると私は考えています。一つは、「こうふるまってほしい」と親が望む行動を子どもがしたときの「ほめる」で、この「ほめる」は「しかる」と表裏一体。もちろん、子どもにネガティブな感情を与えないという大きな違いはありますが、「ほめられたいから言われたとおりに行動する」のは、「しかられたくないから言われたとおりに行動する」と同じで、子どもの自発的な行動や理解には結びつきません。
一方、親の驚きの感情から表現される「ほめる」は、子どもの意欲を高め、成長を促します。たとえば、電車の中で騒がないための方法を子どもが考えついたら、「そんなこと考えられるようになったんだ!おにいちゃんになったのねえ!!」などと、素直な気持ちを言葉にするのです。こうしたママ・パパの喜びが伝わるほめ言葉は、子どもの自信につながり、成長につながっていきます。
この2種類つの「ほめる」の何が違うのかというと、「子どもを思い通りにコントロールしたい」という気持ちが、ほめる側にあるかないかです。
「しかる」は子どもの成長に結びつかない行為であることを理解し、しからないシーンを増やすための「予測力」をつけ、子どもとの良好な関係を築いてほしいと思います。
取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
子どもをしかる回数を減らすためのカギは『前さばき』にあり、『前さばき』がうまいママ・パパになるには、子どもの行動を観察し、トラブルを回避する「予測力」をつけることが大切なようです。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
「<叱る依存>がとまらない」
しかり始めると止まらなくなってしまうはどうして? 何度しかっても同じことをするのはなぜ? 多くのママ・パパが抱く、「しかる」ことへの疑問や悩みの解決策を、脳科学の視点と心理学の知見によって示している。村中直人著/1760円(紀伊國屋書店)