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「出生率を上げるだけではダメ!」子どもが健全に育つ国になるために、今、そしてこれから必要な支援とは?【子育て支援の30年・後編】

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たまひよ創刊30周年企画「生まれ育つ30年 今までとこれからと」シリーズでは、30年前から現在までの妊娠・出産・育児の様子を振り返り、これから30年先ごろまでの流れを探ります。今、政府は2024年度から3年かけて「こども・子育て支援加速化プラン」を集中的に取り組もうとしています。今回は、これからの子育て支援策に必要なこと、10年後、30年後の予測について、東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎先生に聞きました。

費用対効果が高い子育て支援策とは?

――政府が2024年度から取り組むとされる「こども・子育て支援加速化プラン」の内容が明らかになりました。「異次元の少子化対策」というだけに、「出生率の向上」に目が向けられているようです。

山口 国力を維持するためにも、これ以上出生率を下げないようにする必要があります。と、同時に、子育て支援策には出生率の向上だけでなく、次世代への投資という重要な役割もあります。「出生率の向上」だけでなく、「健全な子どもの発達」も同時に実現していくことが大切です。近年の研究で、幼少期の教育や環境が、その後の人生に大きな影響を及ぼすことが明らかになっています。子どもたちが心身とも健全に発達するために何が必要なのか、という視点は不可欠です。

――子育て支援を拡充するには多額な公的資金が必要になります。「子どものことは家庭で解決すべき」という考えがいまだに強い日本では、批判的な意見もあるようです。

山口 日本では今、子どもの貧困が大きな問題になっています。経済的に高校、大学への進学をあきらめていた子どもたちの進学率を、子育て支援によって改善することが可能です。学歴が上がると正規雇用での就労率が上がり、労働所得の増加につながることがわかっています。
大卒者の増加や就業状況の改善によって、子どもたちの所得はプラス2.9兆円、税・社会保険料収入はプラス1.1兆円という試算があります。結果的に国がうるおい、社会保障もうまく回るようになるのです。

確かに短期的に見ればお金のかかる政策ではありますが、長期的に見ると費用対効果は非常に高く、日本国民全体の幸せにつながる施策です。多くの人にこの点を理解していただきたいですね。

子どもの健全な成長を支援する、子育て支援の3本柱について

眠っている赤ん坊の手を取る父親
●写真はイメージです
itakayuki/gettyimages

――世界共通の子育て支援策は「現金給付」「現物給付」「育児休業」が3本柱。日本は中でも現金給付、つまり児童手当への取り組みに熱心という印象があります。

山口 2023年6月に具体的な内容が決定するとのことですが、現在、児童手当については、高校卒業まで支給(所得制限を撤廃、多子世帯への増額)が考えられています。子育てには何かとお金がかかるので、現金給付は助けになります。子どもが成長するほどかかるお金は増えていきますから、児童手当を高校卒業まで延ばすのは評価できます。しかし、現金給付は子どもの貧困問題解決のためにこそ力を発揮してほしいので、平等に給付するのではなく、低所得家庭に手厚くする施策を考えてほしいですね。

――2023年1月1日からスタートした、妊娠・出産した女性に計10万円をクーポンなどで支給する「出産・子育て応援給付金」も現金給付の一つです。

山口 妊娠中に母親が経済的な困難に直面すると、生まれてくる子どもの健康や発達にマイナスの影響が出やすいことがわかっているので、子育て支援は妊婦の段階から始めるべきです。妊婦の心身の健康を守るための現金給付という支援は、子育て支援として大きな意義があります。出産費用を公的保険制度の対象とすることも検討されていますが、それについても私も賛成です。

ただし、現金給付だけでは女性の子育て負担を減らす効果はあまり期待できません。女性の就業率は近年急上昇しています。現金給付だけでなく、育児休業や保育サービスを充実させないと、働く母親の不安やストレスなどを解消することはできないでしょう。

日本では子どもが小さい間は仕事をあきらめる母親も少なくない

出典/「子ども・子育て支援と日本経済(2022年5月24日 )」(山口慎太郎先生作成)

女性の就業率自体は伸びていますが、日本は幼い子どもを持つ女性の就業率が低いことがわかります。子育て支援の充実は、女性が社会で活躍するためにも欠かせないものといえます。

出産後に仕事と育児を無理なく両立できる支援が必須

出典/「令和4年度少子化社会対策白書」

末子の妊娠判明当時に仕事を辞めた女性にその理由を聞いたところ、正社員では「育児と両立できる働き方ができなさそうだった」「勤務時間が合いそうもなかった」、非正社員では「会社に産前・産後休業や育児休業の制度がなかった」などが挙げられました。

――現物給付は保育園の拡充、整備、教育の無償化などでしょうか。

山口 そうです。子どもを産んでも働きたいと望む母親(父親)が、質の高い保育園に子どもを預けることができ、仕事と子育てを両立できるという安心感を得られるようにする必要があります。

また、「保育園利用の就労条件を満たさなくても利用可能」になることも検討されています。専業主婦で子育てを一手に引き受けている母親は、1人になれる時間がほぼなく、育児ストレスがたまりがち。そんなとき、短時間でも子どもと離れる時間を作れたら、気持ちの切り替えができるのではないでしょうか。働く母親だけでなく、家庭に入っている母親への支援も同時に進めなくてはいけません。

――育休中の給付金についても検討されているようです。

山口 とくに男性が育休を取ることに二の足を踏むのは、育休中に収入が減ることが要因の一つになっています。出産後一定期間に男女ともに育休を取得した場合、休業前と同程度の手取り収入を確保できるよう、水準の引き上げが考えられています。育休前と手取り収入が変わらないのであれば、育休を取りやすくなるのは確かだと思います。さらに、復職して時短勤務で働いている間も手取り収入が変わらなければ、経済的な不安を感じずに、子どもとの時間を楽しむことができるでしょう。

また、同僚などの負担が大きくなることを懸念して、育休取得に踏み切れないケースが多々見られることを受け、育休を取る社員の業務を引き継ぐ同僚に「応援手当」を出す中小企業の取り組みを、後押しする方針もかためたとのこと。大企業に比べて人員や資金の余力が少ない中小企業を支援するのは、意義のあることです。

――これらの取り組みによって男性の育休の取得率は上がると思いますか。

山口 確実に上がるでしょう。日本の男性育休の取得率は低水準ではありますが、伸び幅はかなり高くなっていますし、「男性も育休を取るべき」という社会の流れは、もうだれにも止められないでしょう。
今は「男性が育休を取る」という取得率の話に集中していますが、取得率がある程度の水準まで行ったら、今度は取得期間の話に焦点が切り替わるだろうと予想しています。10年後、30年後には、父親と母親が半年ずつ育休を取ったり、父親が1年間育休を取ったりすることも、ごく自然なことになっているかもしれません。

――子育てと仕事の両立を考えた場合、1年間の育休期間は適切でしょうか。

山口 産後1年間は母親・父親が子どもと濃密な時間を過ごし、親子・夫婦のきずなを強めたのち、子育てと仕事を両立させる生活を始めるのが、ベストな流れだと思います。ヨーロッパなどでも育休は1年という国が多いです。

実は保育の費用対効果から考えてみた場合も、1年間は子どもを家庭でみてもらうのがいいんです。スウェーデンなどは、コストが高すぎる0歳児保育は行っていません。0歳児保育がないと資金に余裕ができるので、その分を1歳児以降に回して保育の質を上げることもできます。
もちろんさまざまな事情があるので、0歳児を受け入れる施設も必要かもしれませんが、多くの人が1年の育休を取れる環境を整えなければいけません。さらに、復帰後はテレワークで子育てと仕事を両立しやすくするなど、多様な働き方もこれからどんどん進んでいくでしょう。

妊活から子どもの独立までの支援の大切さ

歩く親子
●写真はイメージです
maruco/gettyimages

――小中学校の給食費無償、高校の授業料の実質無償化など、自治体が独自で行っている子育て支援があります。

山口 地域住民が減ると、自治体は行政や社会保障の維持、雇用の確保などが困難になるので、人口減に危機感を募らせる自治体は多く、その改善策として独自の子育て支援策を打ち出しています。しかし、子育て支援は子育て世帯が等しく受けられるものであるべき。住む地域によって差があるのはいいことはではありません。

――子育て支援策を町再生の柱に据え、20年間取り組んできた岡山県奈義町では、2019年の出生率が2.95だったことが話題になりました。

山口 奈義町は一つの理想形ではありますね。しかし、小規模な自治体だからできたことも多く、国の施策となると、あれほど劇的な変革は難しいだろうというのが正直な感想です。
奈義町は子育て支援の財源を確保するために、町の職員や議員定数を減らしました。それでもたりない分は、ほかの施策の予算を減らして回すことになりますから、そのことを住民に理解してもらわなければいけない。人口の少ない奈義町は住民の同意が得やすかったのですが、これを国レベルで行うとなると、相当に高いハードルを越えなければいけません。
また、奈義町は「子どもと子育てを応援しよう」という意識が住民の中に強くあることを感じました。

――「子どもは社会で育てるべき」という認識は日本の中で定着していくでしょうか。

山口 日本は価値観がそう簡単には変わらない国ですが、「子どもは社会で育てるもの」という考え方にシフトしてきているのを感じます。30年後にはかなりスタンダードな考え方になっているでしょう。子育て支援は次世代への投資で、自分たちの将来にもプラスになることだと一人一人が理解できれば、国が子育て支援策を推進しやすくなるのは間違いありません。

――妊活・不妊治療・出産に対する支援や、産後うつの問題はどうでしょうか。

山口 子どもを望む夫婦への支援は、子育て支援の第1歩と考えるべきです。母親だけでなく父親にも増えているという産後うつの問題なども、子育て支援に含まれます。子育て支援策は子どもが健全に育つことが目的ですから、子どもを育てる親の心身のケアも当然含まれます。今後は産後ケアの支援についても検討されるでしょう。

――10年後や30年後、今の子どもたちが親になるころには、経済的な不安を感じることなく子どもを持つことができているでしょうか。

山口 そうであってほしいです。夫婦・カップルが育児・家事をシェアしながら、自分らしく生きていくことができるようになっていてほしいです。
そして、親の経済力に関係なく希望する子どもは大学に進学できるようにするとか、若い世代の雇用を安定させるとか、子育て支援の幅が今後も広がっていることを期待します。

――現在の子育て世帯からすると、支援が増えるのはありがたいけれど、その借金が子どもたちの世代に引き継がれるのは心配でもあります。

山口 「異次元の少子化対策」の財源はどこから出すのがいいのか、という問題ですね。次世代に借金を残さずに財源を確保するには、消費税でまかなうしかないでしょう。薄く広く社会全体で財源を確保するためには、消費税がいちばん適しているというのが私の考えです。
ですが残念ながら、「消費税が上がると家計に影響が出る」「上がって納めた税金が適切に使われていないんじゃないか」という、消費税に対する国民の不信感があります。政府が信頼されていないのが最大の問題です。今まで政府が積み重ねてきてしまった結果なので、一朝一夕には解決しないと思いますが、「消費税を上げます。その代わり必ず子育て支援策を拡充します」と公言したらそれを必ず守る。その姿勢を政府には見せてほしいですね。

――みんなが必要な子育て支援を等しく受けられるようにするためには、30年後には消費税は何パーセントくらいになっていると思われますか。

山口 15~20%くらいではないでしょうか。それでヨーロッパと同程度の水準ですから。消費税が上がると負担ばかりに目が行きがちですが、必要なものを提供してもらえるわけですから、メリットにも目を向けてほしいと思います。

――この先、子育て支援策や少子化対策が効果を上げたとして、出生率が2.0になる日は来るでしょうか。

山口 日本を含め先進国では難しそうです。少子化対策・子育て支援の成果が出て、出生率が少しでも上がってくれることを期待しますが、「上がらない」という前提で政策を考えることも今後は必要になります。それと同時に、今の子どもたち、そしてこれから生まれてくる子どもたちが、「日本に生まれてよかった」と感じられる国づくりを進めることを切望しています。

画像提供/こども家庭庁、山口慎太郎先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部

●記事の内容は2023年6月12日の情報であり、現在と異なる場合があります。

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