生きようとする赤ちゃんとその家族の写真でいっぱい!小さな赤ちゃんが主役になった日~世界早産児デー【イベントリポート】
11月17日の「世界早産児デー」は欧米を中心に開催されてきましたが、最近、日本でもさまざまなイベントが開かれるようになりました。東京・池袋のサンシャインシティで今年開催された「#ちいさな産声 サポートプロジェクト展」(ピジョン株式会社主催)もその一つ。イベントは小さく生まれた赤ちゃんの写真展示や、専門家たちのトークセッション、保育器に触れる体験など多岐にわたる内容。出産ジャーナリスト河合蘭さんによるリポートです。
「思いやり」と「多様性」のパープルカラーに輝いた広場
今回のイベントが行なわれた会場は、池袋サンシャインの中心にある吹き抜けの噴水広場。噴水が高く噴き上がると、あたり一面がパープルの光に包まれました。世界早産児デーのテーマカラーはパープルで、これは「思いやり」と「多様性」を表しているそうです。
今回私は写真家として、中央に掲げられた看板の写真をはじめ、多数の写真をこのイベントに提供しました。生きようと頑張っている小さな赤ちゃんたちは、一般の人が立ち入ることはない特別な病棟「NICU(新生児集中治療室)」にいて、社会との接点はほとんどありません。それがこの日は、大勢の人が行きかう広場の主役になっていました。
仕事やショッピングでたまたま広場を通りかかった人々、「SNSで見ました」とベビー用品を寄付しに来る人など、さまざまな人がやって来る会場には保育器やツール、多数の写真などが展示され、早産の赤ちゃんの医療やケアを知ることができました。
世界では10人に1人が早産で生まれている
「早産」とはおなかの外で生きていける可能性が出てくる妊娠22週(妊娠6カ月)から正期産に入る前の妊娠9カ月までに生まれることです。世界で誕生している赤ちゃんの10人に1人は早産で生まれています。
周産期医療が発達した日本では、早産の赤ちゃんは20人に1人となります。さらに日本は新生児医療のレベルが世界一高い国です。
それでも、早産の赤ちゃんの多くは身体が小さいだけではなく、機能も未熟なうちに生まれているので、呼吸や体温の維持といったごく基本的なことも難しい場合があります。そこで24時間体制のNICUに入院して、温度や酸素濃度が子宮の中のように調整された保育器に入り、病気に気をつけながら成長を見守ってくれる医療や看護が必要になってきます。
とくに小さな赤ちゃんでは口から栄養をとれないこともあり、その場合は血管の中に栄養分を入れたり、鼻や口から胃へとチューブを入れて母乳やミルクを流したりすることもあります。
しかし、赤ちゃんが順調に成長して、身体のさまざまな機能を獲得していくと、そうした特別な処置は要らなくなっていきます。
家族の「暮らし」も支えたい。今も残るコロナ禍の影響にも配慮を
早産の赤ちゃんについては、危機的な状況を乗り越えたあとの「暮らし」についても考えていく必要があります。早産の赤ちゃんは、とくに1000グラムに満たない超低出生体重児だった子どもの場合は、合併症が起きたり、成長がゆっくりになったりする子もいます。そうした赤ちゃんの子育ては一般的な子育てよりも不安が大きくなりがちで、親は、自分自身も力強く成長していかなければなりません。
トークセッションでは、新生児科医、臨床心理士、早産児家族の方々がそれぞれの立場から早産を語りました。登壇した1人、新生児科医の有光威志先生(慶應義塾大学医学部小児科)は、NICUに入院した子ども・家族の会のネットワーク「JOIN(日本NICU家族会機構)」代表理事でもあり、「いつも、家族を支えることを考えてきた」と言います。
「退院ができても、家に帰った赤ちゃんを支える地域のサービスはまだ十分ではないと言われています。福祉サービスや療育は、法的な整備はすんでいるのに、実際には人手不足から十分に受けられないケースも少なくありません。
問題があるのに、早産児を抱えるご両親は、これまであまり声を上げることができませんでした。わが子がほかの子と違うと言いにくい文化的な背景もあるでしょう。また、NICUには重症児も多いので、命に別状はない状態にある赤ちゃんのご両親たちはつい遠慮がちになり『これくらいのことはがまんしなければ』と思い続けてきたのかもしれません」(有光先生)
イベントを主催したピジョンは今回早産をした家族にアンケート調査も実施しましたが、そこからも早産児への理解や配慮がまだ十分とはいえない様子が見えてきました。早産児ご家族は地域の保健サービスや保育園などで苦労をする場面が多いようです。
臨床心理士・公認心理士の橋本洋子さん(山王教育研究所)は、コロナ禍でNICUでの面会が厳しく制限され、赤ちゃんと家族の触れ合いが少なくなっていることを心配していました。
家族へのケアは、実はNICUにいるうちから始まります。早期からの面会や触れ合い、肌と肌をつけての抱っこ「カンガルーケア」は赤ちゃんの心の発達を助け、ストレスをやわらげて赤ちゃんと家族を一つにしてくれる大切な時間です。
新生児医療が世界一のレベルを誇る日本でも、このように、早産児のケアはまだ課題がたくさん残されている分野なのです。
社会に早産のことをもっと知ってほしい
会場にはさまざまな大きさの赤ちゃん人形が並んだコーナーもあり、看護師さんの指導を受けながら、保育器の中にいる赤ちゃん人形のおむつ交換体験をすることもできました。
体験学習の一環としてこのイベントを手伝いに来た中学生たちも、1人ずつ、真剣な面持ちで体験していました。看護師さんから「赤ちゃんは驚きやすいから、急な動きはしないで」などと教えられ、小さく生まれた赤ちゃんの繊細さに驚いたようです。
写真で見る赤ちゃんたちの成長
会場には、生きようとする小さな赤ちゃんと、その家族の写真がいっぱいでした。イーゼルに立てかけられていた早産の赤ちゃんの写真はすべて同じ赤ちゃんです。これらの写真は、2018年、私が埼玉医科大の母子医療センターでNICU(新生児集中治療室)を継続的に撮影していたころ、ご両親の許可を得て撮らせていただいたものです。
小さいけれど、元気そうに見えた女の子
この赤ちゃんに初めて会ったときのことはよく覚えています。妊娠26週での出産だったため、とても小さく、たくさんのチューブが体に取り付けられていましたが、きっと元気に育ってくれるような気がしました。
少しずつ管が少なくなった
私は病院に行くたびに、この赤ちゃんに会いに行きました。会うたびに赤ちゃんは成長していて、身体についている管も少しずつ減っていきました。
この写真を撮ったのは、出産から2カ月と少したったころです。お父さんが面会に来ていて、看護師さんではなく、お父さんが慣れた手つきでミルクをあげていました。
満腹した赤ちゃんはお父さんの腕の中でぐっすり眠っていて、安心しきった様子でした。
元気いっぱいの女の子に成長
イーゼルで展示された最後の写真は、その赤ちゃんが退院後すくすくと育って、5歳になり、幼稚園の遊具で遊んでいる写真でした。健診のため埼玉医科大へ行く間隔もかなりあくようになって、大好きな幼稚園に毎日通っているそうです。
その子に合った支援が欲しい

最近、注目されているのは、家族の活動です。同じ体験をした家族同士の交流はとても大切で、とくに家族と専門家が共に作るリトルべビーハンドブック(早産の赤ちゃんのために作られる母子健康手帳のサブブック)は、今、全国各地でさかんに作られています。既製の母子健康手帳は正期産を前提に作られているので、早産の子にはとても使いにくいのです。
このイベントでも、早産の赤ちゃんと家族の「出産から今まで」の物語がつづられたボードが何枚もありましたが、どの子も正期産の子と大きく違う人生のスタートを切っていて、早産の赤ちゃんには、その子に合ったきめこまやかな子育て支援が欠かせないことがよくわかりました。
たとえば妊娠7カ月のとき、370グラムで生まれた芽(めい)ちゃんの場合、ボードによると、お母さんが初めて芽ちゃんを抱くことができたのは、出産から1カ月たってからでした。立つことも、笑うことも、芽ちゃんにそれができるようになるまで、お母さんや家族は長い間待たなければなりませんでした。
「この子の笑顔をずっと守る!」
上の写真がお母さんと芽ちゃんの今です。はじける笑顔の芽ちゃんを、ご自宅で撮らせていただきました。お母さんの坂上彩さんは、展示ボードのこの写真の下に「この子の笑顔をずっと守る」と記しました。神奈川県の「リトルべビーハンドブック」(早産の赤ちゃんのための母子健康手帳のサブブック)を作成し、発表したばかりの時期の撮影でした。
リトルベビーハンドブックはまさに家族にしか作れない母子健康手帳のサブブックで、こまやかな工夫が満載です。こうした大切な活動は全国で確実に広がっています。
取材協力/ピジョン 取材・文・写真/河合 蘭 構成/たまひよONLINE編集部
世界早産児デーは、一年に一度だけしかありません。
でも、これから毎年のように、さまざまな形で各地域の世界早産児デーが開催されれば、赤ちゃんの未来も視野に入れた早産児支援が社会に根づいていくのではないでしょうか。来年の11月17日はもっとたくさんの町がパープルに輝くことを願っています。