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障害を携えて生まれたことは“不運”だけれど“不幸”ではない。自閉症のある娘との暮らしで感じること【自閉症育児体験談】

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絵本「すずちゃんののうみそ」竹山美奈子さんインタビュー 自閉症育児体験談

竹山美奈子さんは14歳のひとり娘・鈴乃ちゃん(以下:すずちゃん)と夫の3人家族です。すずちゃんは3歳の時に自閉症スペクトラムと診断され、現在は特別支援学校に通う中学2年生です。はじめは軽度知的障害と思われましたが、小3で最重度知的障害と診断され、発語はほとんどありません。美奈子さんはすずちゃんの障害を題材にした絵本『すずちゃんののうみそ』を出版し、絵本作家として活動をする傍ら、トークイベントや講演会などで自身の育児体験を語り、障害理解を広める活動をしています。
1回目の本インタビューでは、美奈子さんがすずちゃんを妊娠した時や、すずちゃんに対する違和感を感じ始めた時のこと、すずちゃんの保育園時代の美奈子さんの葛藤について話を聞きました。

42歳で出産「障害があるかもしれない」と心構え

絵本「すずちゃんののうみそ」竹山美奈子さんインタビュー 自閉症育児体験談
生まれたばかりのすずちゃんと美奈子さん

――当時、教育系の出版社で正社員として働いていた美奈子さん。同年齢の夫と結婚したのは36歳になる年だったそうです。美奈子さんは、すずちゃんを妊娠・出産した時のことをこう振り返ります。

「夫とは『夫婦2人、人生のパートナーとして楽しく暮らしていければいいね』と子どもはやや諦めていましたが、結婚6年目の頃『一度婦人科で検査してみようか』と話していた矢先に、41歳で自然妊娠ですずを授かりました。妊娠中は大きなトラブルに見舞われることもなく健康的な妊娠生活を過ごしていました。

とはいえ高齢出産だったので、夫婦で『何か障害がある可能性もあるよね』と話していました。もともと私は子どもができにくい子宮だと言われていたため、すずは本当に“授かりもの”でした。出生前診断はせず、もし何か障害があったとしてもがんばって育てようという心がまえをして、42歳ですずを出産しました」(美奈子さん)

――自然分娩でトラブルもなく無事にすずちゃんを出産した美奈子さん。首すわり、立っち、歩き出しなどの運動発達は順調でしたが、1歳を過ぎた頃から徐々に違和感を感じるようになったそうです。

「1歳になると言葉が出てくる子が多いなか、すずが意味のある言葉を発することはなく、私が『すず』と呼びかけても反応がありませんでした。母子分離不安もなく、誰の膝でも座り、1人遊びが多いことも気になりました。遊び方も独特で、おもちゃそのものの遊び方ではなく、積み木は積まずに同じ色の木を並べたり、絵本は内容を楽しむのではなく絵本の紙質を確かめているように触ったりするだけでした。

見た目の違いに戸惑ってショッピングモールのパネルの色が変わるところで動かなくなるなど、感覚が過敏だと感じることもありました。まだ歩くこともおぼつかないのにつま先立ちで歩いたり、もう少し大きくなってからは手のひらを自分に向ける“逆手バイバイ”もしていて、しぐさに違和感を感じました。

以前、自閉症の人に接したことがあり、その人と特徴が似ていたので、自閉症かもしれないと感じ始めていました。『違えばいいな、でも、とにかく早く専門家にすずを診てもらいたい!』と思っていました」(美奈子さん)

「早く親子でコミュニケーションを取りたい」3歳でようやく自閉症と診断

絵本「すずちゃんののうみそ」竹山美奈子さんインタビュー 自閉症育児体験談
3歳頃のすずちゃん

――表情が豊かで、目も合い、多動性もなかったというすずちゃん。しかし、発語の遅さだけでなく、どことなく動きがぎこちないところが気がかりだったそうです。

「育休が明けてからは忙しい毎日で、どこにも相談に行けなかったので、1歳半健診を心待ちにしていました。しかし健診で言われたのは、いわゆる発達グレーの時に言われる“要観察“という言葉だけでした。心理士さんに相談しても、発達検査の項目の半分も当てはまらず『2歳児健診まで様子を見ましょう』と言われました。

そして訪れた2歳児健診でも、要観察。すずとのコミュニケーションの取りにくさ・育てにくさを実感していた私は、自ら無料の心理相談に申し込み、そこでやっと発達小児科のある病院を紹介してもらいました。けれど、私が住んでいる地域にある発達小児科はたった1箇所で、診察は半年待ち……。結局すずに自閉症スペクトラムの診断が降りたのは3歳の時でした。

私は診断が降りるまで2年近く、娘にどう対応したらいいかわからない不安な日々を過ごしていました。子どもの障害が分かった時、親御さんが障害を受容するのに時間がかかったというケースをしばしば耳にしますが、私の場合は『やっと障害だと認められて娘に必要な療育が受けられる!』という前向きな気持ちで、ようやく望んでいた育児のスタート地点に立てたという感覚でした。発達障害のあるなしに関わらず、育てにくさを感じていたので、とにかく早く専門家と繋がって、作業療法、言語聴覚療法を受けさせてあげたかった。早く親子ともに楽しくコミュニケーションを取りたいと思っていました。もちろん、『やっぱり自閉症だったんだ』というショックや不安はありましたが、ずっとすずのことを理解したいと思っていたので、早く親子で楽しく暮らせる知恵を専門家から学びたいという気持ちの方が大きかったです」(美奈子さん)

入園した保育園で預かり拒否も…社会で拒絶されることがつらかった

――すずちゃんはおとなしい子だったので、1歳までは比較的育てやすかったと話してくれた美奈子さん。感覚過敏で抱っこを嫌がって泣き止まないなどの目立った症状もなかったそうです。

「しかし1歳を過ぎても、発語、指差しでの意思表示ができないので、何が欲しいのか、何をしていると楽しいのかがわかりませんでした。また、おなかが空いた、オムツを替えて欲しい時以外に、たまに泣き叫ぶ理由がわかりませんでした。

コミュニケーションが取れないまま、すずの癇癪は続きますが、私は泣いている原因がわからず、払拭してあげられません。1歳半くらいの頃、初めて“自傷”という行動を見ました。すずが寝っ転がって床に頭を打ち付けているのを見て、怪我をしないように頭と床の間に手やクッションを挟む以外、何をすればいいのかわからなくて困ってしまいました」(美奈子さん)

――すずちゃんの特性は、当時通っていた保育園の生活にも大きく影響しました。

「1歳半〜2歳半は、“障害児保育有り”と謳う私立の保育園に通っていました。しかし、その時はまだ自閉症の診断が降りていなかったのと自閉症の知識が園になかったことで、『こんな特性があるのでお手数をおかけしますが対応をお願いします』と伝えてもなかなか受け入れてもらえませんでした。『他の子と違って困っている』、『お母さんは教育系のお仕事で、教員免許もお持ちなんですよね。家で自分で育てたらどうですか?』と預かり拒否のような発言もありました。娘が保育園というはじめての社会で“拒絶された”ことに大きなショックを受けました。

子育て支援課に相談し、2歳半からは、絵本の舞台となった公立保育園に転園できたわけですが」

――普段は気丈に振る舞っている美奈子さんですが、すずちゃんが未就学児の頃は精神的につらい時期だったそうです。

「診断が出てすぐの3歳〜4歳頃も、夫が帰ってくる前の18時〜20時頃にパニックになることが多く、 “魔の2時間”と呼ぶくらい大変な時間が毎日ありました。今思えば空腹と気圧などの感覚過敏による不快さが重なって癇癪を起こしていたのだと思います。その2時間はワンオペなので、私は帰ってきた夫にすごく大変だったことを話すのですが、夫は癇癪が収まったニコニコのすずしか見ていないので、当時はパニックがどんなものか分からず、夫婦の理解度にギャップがあったこともつらかったです。

湯船に浸かれば涙も見えないし、声も聞こえないので、毎日お風呂で泣いていました。特に未就学児の頃は分からないことだらけ、分かってもらえないことだらけ。目の前にいる娘が癇癪を起こして何かに困っているのに、どうしてあげればいいか分からないつらさ。障害があるとは思っていたけれども、まさか喋れないなんて……という気持ちでした。でも、ニコニコしている時間が多い子なので、どうにかコミュニケーションを取って、可愛いすずちゃんでいてほしいという一心でした」(美奈子さん)

「障害があってもなくても子どもは地域で育てるもの」小児科医のひと言に救われた

絵本「すずちゃんののうみそ」竹山美奈子さんインタビュー 自閉症育児体験談
公立保育園時代、はじめて給食を食べた日

――2歳半の時に公立保育園に転園したすずちゃん。すずちゃんの特性を理解しようとしてくれる保育園の先生や子どもたちに恵まれ、美奈子さんも安心して預けられるようになったそうです。

「すずは食材の食感や温度に敏感で、新しい環境に慣れるのも遅かったので、慣らし保育の期間は給食を食べられませんでした。最初に入った私立の保育園では『給食を食べられないと午後は預かれません』と言われていていたので、慣らし保育に1カ月くらいかかり、有休を使い果たしました。経済的に仕事をやめるわけにもいかず、体力的にも精神的に追い込まれていました。

しかし、転園先の公立の保育園の慣らし保育では、すずが給食を食べなくても『おばあちゃんやお母さんが付き添ってくれても食べなかったから、誰が付いていても同じ。後は園で対応しますよ。朝夕しっかり食べているならしばらく給食食べれなくても大丈夫ね』と言ってくださり、白いご飯をおにぎりにしてくれたり、なるべく温かいうちに出してくれたり、すずが少しでも食べれるように工夫してくださいました。まるですずを一緒に育ててくれている家族のようなあたたかい保育園でした。

それでも園生活で癇癪があったり、発語がなくて困ることもあったので、年中〜年長は週2、3日、療育園にも通園するようになりました。“保育所等訪問サービス”を申請し、保育園と療育園の先生が行き来して、すずにどういう接し方をしたら良いか情報交換してくれて、あんなに毎日泣いていた子が笑顔で楽しそうに通うようになりました。障害のあるすずの子育てを一緒に考えてくれる人がいるというだけで本当に心強かったです」(美奈子さん)

――また、かかりつけの小児科の先生の言葉も、美奈子さんを勇気付けてくれたそうです。

「まだ自閉症の診断が降りていない時期に、かかりつけの小児科の先生が『1歳半健診は行った?』と、声をかけてくださいました。『はい。自閉症を疑っているんですけど、要観察になりました』と話すと、その先生は『障害があってもなくても、子どもはママ1人で育てるものじゃないから大丈夫よ。地域で育てるんだからね。いつでも相談して』と言ってくれました。これまで、保健センターで『個人差かもしれない、まだ障害があると決まったわけではないので大丈夫ですよ』と言われるたびに、私は『えっ、障害があったら大丈夫じゃないの?』とモヤモヤしていました。その小児科の先生が初めて『障害があっても大丈夫』と言ってくださったのでとても励まされました。

その後も、風邪の診察で座っていられなかったのを見て『すずちゃん、そろそろ療育園へ行った方がいいんじゃない?』と療育園を紹介してくれたり、障害特性も含めてすずを診てくれて、気持ちが救われました」(美奈子さん)

障害を携えて生まれてきたことは“不運”だけれど“不幸”ではない

絵本「すずちゃんののうみそ」竹山美奈子さんインタビュー 自閉症育児体験談
介助箸でご飯を食べる最近のすずちゃん

ーー子どもの頃から周りに障害のある友だちがいたという美奈子さんは、もともと障害に対する抵抗感や恐怖心は少なかったそうです。障害児を育てるのは初めての経験で、大変さもありますが、その中にも幸せがあると言います。

「障害児を持つと、自分の思い描いたようにならないことがたくさんあります。親子ともに生きづらさはあります。でも、大変なことばかりでもないんです。障害を携えて生まれてきたことは“不運”だけれど“不幸”ではないと思っています。

すずは中2の今も意味のある発語は30単語あまり。コニュニケーションは、豊かな表情、クレーン現象、マカトンサイン、PECS®(ペクス)という絵カードで取っています。障害を持っていても、コミュニケーション方法を工夫して、思いの外笑いの多い生活をしています。すずを見ていると、できることが少なくても、“持って生まれたものでいかに笑って暮らすか”が大切で、それだけを考えていれば、幸せなんだなあと感じます。
恵まれた能力を持っている人たちだけが幸せではないという考え方がより鮮明になりました。

何をもって幸せなのかは相対評価ではないですよね。成長についても、人と比べるのではなく、“去年の自分よりどこが成長したか”が重要だと思っています。最重度知的障害でしゃべれないけれど、大好きな歌は一度聞くと1、2小節歌えたりするすず。その楽しそうな笑顔を見ていると、本当に大事にしたいものがよりシンプルになっていきます」(美奈子さん)

お話・写真提供/竹山美奈子さん 取材・文/清川優美

未就学児時代は、すずちゃんとのコミュニケーションの取り方が分からず悩み、すずちゃんを受け入れてくれる環境探しに奔走していた美奈子さん。保育園や療育園、支援してくれる人たちとの出会いがあり、ずすちゃんと美奈子さんは大変ながらも笑顔で過ごせるようになりました。「障害を携えて生まれてきたことは“不運”だけれど“不幸”ではない」、障害があってもなくても自分の幸せは自分で見つけられる。すずちゃんの笑顔がそう教えてくれました。

2回目のインタビューでは、すずちゃんの特性・こだわり、すずちゃんの対応で普段から気をつけていること、自閉症について知って欲しいことを聞きました。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることをめざしてさまざまな課題を取材し、発信していきます。

プロフィール/竹山美奈子

1967年大阪府堺市生まれ。静岡県三島市在住。静岡大学教育学部卒業。教育系出版社で、情報誌の企画・編集・ライティング・ブックデザイン・プロモーションなどに従事。重度知的障害を伴う自閉症のある娘が就学する際に退職。2016年に紙芝居『すずちゃんののうみそ』を自費出版し、2018年、岩崎書店から絵本として出版される。学校・幼稚園・福祉施設・書店などで、絵本制作のきっかけ、障害理解などについて講演活動も行なっている。

・竹山美奈子オフィシャルブログ「すずがなる」
https://ameblo.jp/suzuganaru2009/

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年12月の情報で、現在と異なる場合があります。

『すずちゃんののうみそ』岩崎書店

『すずちゃんののうみそ』
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