生後すぐから気になった茶色のあざ。1週間で20個増え、生後3カ月には50個に!それは大きな病気の症状だった【レックリングハウゼン病体験談】
大河原和泉さん(45歳)には、27歳、20歳、14歳、12歳、9歳、7歳の6人の子どもがいます。小学2年生の末っ子、紬乃(ゆの)ちゃんは、生後3カ月のときに神経線維腫症1型(レックリングハウゼン病/NF1 以下レックリングハウゼン病)と診断されました。レックリングハウゼン病は、皮膚や体の内部、神経に沿ってできる良性の腫瘍「神経線維腫」などを特徴とする指定難病です。診断されるまでのことを大河原和泉さんに聞きました。
全3回インタビューの1回目です。
38歳のとき、第6子の紬乃ちゃんが誕生
大河原和泉さんは、38歳で紬乃ちゃんを出産しました。
「妊娠がわかったと同時に切迫流産のおそれがあると診断されて、1カ月ぐらい入院しました。夫もいるし、夫の両親も近くに住んでいましたが、それでも5人の子どもたちを家に残して入院するのは、気が気でなかったです。
切迫流産の次には、切迫早産に・・・。私は4人目も5人目の子も、切迫早産と診断されたのですが、紬乃も安定期に入ってから切迫早産と言われて、再び入院をすすめられました。でも子どもたちがいるので入院をすることはなるべく避けたくて、自宅で処方された張り止めの薬を飲みながら、できるだけ安静にしていました」(和泉さん)
紬乃ちゃんは妊娠39週で誕生。出生体重は3400gでした。
「元気な産声が聞こえて、ほっとしました。生まれたばかりの紬乃を見たときは、ぱっちり二重の瞳が印象的でかわいくて驚きました。
『私はなんてかわいい子を産んだんだろう~』と思ったぐらいです。
生まれてすぐに助産師さんが眉間(みけん)に白斑があるのを見つけて『あれ白く抜けているね~』と言ったのですが、深刻そうな様子ではなく、私も気にしませんでした。その白斑は、翌日には消えていました」(和泉さん)
カフェ・オ・レ斑が増えていることに長女が気づく
紬乃ちゃんに気になる様子が見られたのは、生後2カ月ごろです。
「紬乃の体に、薄い茶色いシミがいくつか見られるようになりましたが、紬乃は肌の色が黒いほうなので、そんなに目立つ感じではありませんでした。『薄いシミがあるな~』とは思っていましたが、元気だしミルクも母乳もよく飲むので深刻には考えていませんでした。
生後2カ月のとき、当時20歳の長女が『紬乃の茶色いシミ増えてない? 数えてみようよ』と言い、人型の絵を描いて、シミのある場所に印をつけていったんです。そしてその1週間後に、もう一度シミを数えたら20個ぐらい増えていました。
紬乃の体にできた茶色いシミは、カフェ・オ・レ斑といわれて、レックリングハウゼン病の特徴の一つ。乳児期に見られる代表的な症状ということは、あとになって知りました」(和泉さん)
二女のニキビで皮膚科を受診。ついでに紬乃ちゃんの体のシミについて相談
ちょうどそのころ当時中学1年生の二女のニキビがひどくて近所の皮膚科に通っていました。和泉さんは、二女の診察に付き添うついでに、皮膚科の医師に紬乃ちゃんのシミのことを相談しました。
「たまたまその日、二女が通っていた皮膚科では大学病院の医師が診察をする日でした。私は、紬乃のシミはまさか大きな病気が原因だとは思わずに、医師に足のシミを見せて『このシミって、レーザー治療で消すことはできますか?』と聞いてみたんです。将来、気にするようになったらレーザーで消す治療をしてもいいかなと考えていて、二女の診察のついでに聞いてみようぐらいの軽い気持ちでした。
すると医師が『全身を診るから服を脱がせてくれる?』と言うんです。
そして体中にいくつもあるシミを診た医師は、『母斑(あざ)に詳しい医師に診てもらったほうがいいから、大学病院に紹介状を書きますね。そんなに急いで受診しなくてもいいけれど、年内には受診してください』と言うんです。年内ということであればまだ8カ月ほどありました。
私は、レーザー治療ができるかどうか診てもらうための紹介状だと思っていたため、急ぐ必要もないんだと考えていました。
そのときの皮膚科の医師は、レックリングハウゼン病については何も言いませんでした。でも、あとからわかったのですが、医師はレックリングハウゼン病を疑い、レックリングハウゼン病に詳しい医師を紹介してくれていました。
レックリングハウゼン病は現代の医療では根本的な治療法がなく、対症療法が中心です。そのため急いで受診しなくていいと言ったのかもしれない、と今は思っています」(和泉さん)
大学病院では、体中のカフェ・オ・レ斑を診てすぐにレックリングハウゼン病と診断
和泉さんの長女には紬乃ちゃんより1カ月先に生まれた赤ちゃんがいます(和泉さんの孫)。その赤ちゃんが高熱から、大学病院の小児科に入院することになりました。
「長女の息子の入院は、紬乃が生後3カ月のときでした。私は紬乃を連れて大学病院にお見舞いに行きました。お見舞いに行って気づいたのですが、そこは偶然にも皮膚科で紹介された大学病院でした。
お見舞いの帰り『あっ、ついでに診察の予約をしていこう』と思い立って、1週間後の診察予約をしました」(和泉さん)
1週間後、和泉さんは紬乃ちゃんを連れて大学病院の皮膚科を受診します。
「そのころ紬乃の体には、50個ぐらいのカフェ・オ・レ斑ができていました。大きいものは直径2cmぐらいです。さらに腕には広範囲に、母斑(あざ)もありました。
私は、医師からレーザー治療の話をされると思っていたのですが、医師は、体中にできた紬乃のカフェ・オ・レ斑を診て、すぐに『神経線維腫症1型だね』と言いました。
初めて聞く病名で思わず『えっ?』と聞き返したところ、医師は『神経線維腫症1型』ともう一度言いましたが、言葉の意味がわかりません。医師は、そばにいた看護師さんに『紙に書いてあげて』と言いました。
私はレーザー治療について説明されるとばかり思っていたので、予想外の診断に、そして聞いたこともない病名に頭が真っ白になっていました」(和泉さん)
そして和泉さんは医師から「お母さん、この病気のことは、インターネットで絶対に検索しないでね」としつこいぐらいに言われました。レックリングハウゼン病は、1882年にドイツの病理学者レックリングハウゼン氏によって、初めて報告された病気です。
【佐谷先生から】レックリングハウゼン病は、約3000人に1人の割合で発症
レックリングハウゼン病とは、NF1という遺伝子が変異することで生じる遺伝性疾患で、約3000人に1人の割合で発生します。皮膚の色素斑や、体表および体内に良性腫瘍が多発することを主な特徴としますが、成長に伴い骨の変形や学習障害、悪性腫瘍などさまざまな症状が出てくることがあります。片方の親がレックリングハウゼン病だと、50%の確率で子に遺伝します。しかし、両親にレックリングハウゼン病がなくても卵子あるいは精子に変異が生じて子どもに発症することがあり、これを孤発性と言います。
お話・写真提供/大河原和泉さん 監修/佐谷秀行先生 取材・文/麻生珠恵 たまひよONLINE編集部
紬乃ちゃんのあざはレーザー治療で消えるものだと思っていた大河原和泉さん。しかし皮膚科で相談をしたことが病気判明につながりました。
レックリングハウゼン病は、成長に伴いさまざまな症状が現れますが、乳児期は、淡いミルクコーヒー色や濃い褐色のカフェ・オ・レ斑が現れるのが特徴です。カフェ・オ・レ斑の発症は95%。全身に6個以上見られるとこの病気が疑われます。
2回目のインタビューは、紬乃ちゃんの症状と和泉さんが立ち上げた患者・家族会「To smile」について紹介します。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
大河原和泉さん(おおかわらいずみ)
PROFILE
1男5女のママ。末っ子紬乃ちゃんが、レックリングハウゼン病と診断されたことをきっかけに患者・家族会「To smile」を立ち上げ、代表を務める。レックリングハウゼン病の医療セミナーを開催するなどして、患者さん・家族に最新の正しい情報を伝えるために活動を行う。
佐谷秀行先生(さやひでゆき)
PROFILE
神戸大学医学部卒。藤田医科大学腫瘍医学研究センター センター長。医学博士。熊本大学医学部腫瘍医学講座教授、慶應義塾大学医学部先端医科学研究所教授などを経て現職。専門は腫瘍生物学 。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年7月の情報であり、現在と異なる場合があります。