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「保活のストレスが小説を書く原動力に」直木賞作家・島本理生さんの仕事と日常

更新

17歳で小説家としてデビューし、『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞した島本理生さん。
子育てと執筆活動を両立する日々のことや、母となった今だからこそ書きたいテーマについて伺いました。

保活のストレスが小説を書く原動力に

「2011年に出産し、産休明けに書いたのが『Red』という作品でした。

当時は息子の預け先が見つからず、保活のために区役所に通う日々。保育園の1日保育を申し込もうとしても、電話がつながった時には「もう空きはありません」と言われることもあり、「働きながら子どもを育てるのって、こんなに大変なの?」と痛感しました。

幼い娘を持つ女性を主人公にした『Red』は、はじめての官能小説という点でも大きな挑戦でしたし、当時のフラストレーションをすべてぶつけるようにして書いたので、それまでの作品にはない熱を帯びた小説になったように思います。

出産後は日常では味わえない刺激が欲しくて、濃密な人間関係を描いた本ばかり読んでいました。中でも印象に残ったのが、川上弘美さんの『真鶴』。母であると同時に娘でもあり、失踪した夫を待つ妻でありながら恋人もいる、1人の女性の様々な面が描かれた作品です。
この本を読んで「“おかあさん”という生きものはいない」と気づき、「母親らしく生きなければ」という自分自身の思い込みを見直すきっかけになりました。

仕事と子育ての両立で心がけているのは、完璧を目指さないこと。
「今日は何もできなかった」と落ち込んだ時は、自分がやったことを1つずつ書き出すようにしています。洗濯、ゴミ捨て…と具体的に書き出してみると「私、意外とやってるじゃん!」と思えて、気持ちが前向きになれるんです。」

子どもとの時間も1人の時間も大切に

「息子と話していると、「うれしい」「悲しい」という言葉1つ取ってみても、大人とは違う使い方をすることがあって面白いですね。「この『うれしい』って何?」と一緒に考えてみると、自分がわかったつもりで使っている言葉にも、実はいろいろな意味や感情が含まれていることに気づかされます。息子との会話を通じて、自分の言語感覚を見つめ直しているという面があるのかもしれません。

私は旅先で見た風景から小説のアイデアを膨らませることが多く、息子を夫に託して函館に1人旅に出かけたこともあります。雪の中、坂道を上り、途中で振り返ったら、目の前が開けて港が見えたんです。その光景がとても美しく、その場面から始まる『イノセント』という作品を書きました。

何も考えない時間があったほうが小説の構想は膨らむので、日常のやるべきことを忘れられる時間は貴重です。

法廷シーンが出てくる『ファーストラヴ』を書くにあたっては、殺人事件の裁判の傍聴に通いました。リアルな描写をするために、実際の法廷でのやり取りを自分の目と耳で理解しておきたくて。地方の裁判所に行くことも多かったので、子どもの世話を引き受けてくれた夫には、本当に感謝しています。」

「母性とは何か」を小説を通して見つめたい

「出産・育児を経験し、子どもを持つ女性の物語を書きたいという気持ちが強くなりました。母親の悩みを描くことは社会を描くことにもつながりますし、1対1の男女関係に子どもが加わって関係性が複数になると、新たな人間関係を描けるような気がしています。

最近よく考えるのは、「母性って、何だろう?」ということです。
子どもがケガをすると、母親は自分がケガをした時以上に心が痛み、傷ついたように感じる。これは、夫や恋人がケガをした時に感じることとはまったく別の感情です。
四六時中、意識しているわけではないけれど、いざとなると一気にあふれ出てくる、この「母性」が暴走したらどうなってしまうのか。そこを掘り下げたくて、今は、強烈な母性を持つ女性が起こした犯罪に、娘くらいの年代の若い女性検察官が向きあうストーリーの構
想を深めているところです。

自分が母になったことで、母性とは完璧なものではなく、どんな母親にもすべてを投げ出したくなる瞬間があるのかもしれないということも理解できるようになりました。自分の中にあるものなのに、その正体がわからない。「母性とは何か」を、これからも小説を書くことを通じて見つめ続けていきたいと思います。」


第159回直木賞を受賞した『ファーストラヴ』(文藝春秋)は、女子大生が父親を刺殺した“動機”を臨床心理士が探っていく物語。
直木賞受賞に関して、「『おかあさんが小説で1等賞になったんだよ』と夫から聞いた息子が『おめでとう!』と言ってくれました。まだくわしいことはわかっていないようですが(笑)」と話してくれました。

プロフィール:島本理生(しまもと・りお)
1983年生まれ。小学生の頃から小説を書き始める。高校在学中に『シルエット』で群像新人文学賞優秀作に選ばれたのを皮切りに数々の賞を受賞、『ファーストラヴ』では直木賞を受賞した。夫は作家の佐藤友哉さん。

(撮影/橋本 哲 取材・文/安永美穂)

■取材協力:文芸春秋
■参考:働くママを応援する雑誌「bizmom」2019年冬春号
今号は育休復帰に向けたTODOや超多忙なママパパの24時間などを特集しています。

●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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