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90歳の産科医 堀口雅子先生「人間には男女どっちもいるのだから、男女どっちの医者も必要なのよ」

90歳の現役産婦人科医、堀口雅子先生。堀口先生が医師をめざした昭和30年代前半は、医学部に在籍していた女子学生は男性60人に対して3人。その後進んだ医局や勤務した病院でも、まだまだ女性医師は珍しい存在だったそうです。しかし、「医師になりたい」という強い意志、そして持ち前の明るさとバイタリティーで、さまざまな困難を乗り越えて来ました。

現在は週に1度の診察以外の時間は、英会話やバイオリン、健康のための体操など若いときからずっとやりたかったことに時間を費やしているという堀口先生。

インタビュー前編では、そんな働く女性のパイオニアとしての堀口先生の半生に迫ります。

戦後の混乱期に医師を目指して

——— 子どもの頃から「医師になりたい」と思われていたそうですね。

(堀口先生 以下敬称略) 小さい頃、身体が弱かったので、「診ていただいているお医者さまのような医者になりたい」と一生懸命勉強したわ。

でも、戦争が終わって「出征していた男性の医者がたくさん帰って来るから、医学部に進学しても医者にはなれない」と言われたため、一度は医師の道をあきらめて薬学部に進学したのね。まだまだ女性が医師になることが当たり前の時代ではなかったからね。薬学部
後は女性ホルモンの研究などをしていたけれど、どうしても医者になりたい気持ちは変わらなくて。

——— そしてもう一度医師の道をめざされたのですね。

(堀口) そうなの。理科大学の医学進学コースで2年間学んだあと、群馬大学の医学部に進学したわ。60人の学生のうち、女子学生は私を含めて3人。入学当初は女性用のトイレも更衣室もなかった。そういう意味では、全てにおいて開拓が必要だったわね。

当時、医師をめざす女性の多くは東京女子医大に進学していたけれど、「世の中には男女両方いるんだから、男性の視点にも触れないでどうするの?」って思って、男女共学の群馬大学を選んだの。回り道をした分、他の学生たちとはかなり歳の差もあったけれど、私のキャラクターもあって、みんなが仲間として扱ってくれたことはとてもうれしかったわ。もちろん、薬学部で勉強したことは、医師になってからも大いに役に立っているからね。

——— そして卒業後の昭和36年に東京大学医学部産婦人科の医局に入局されたそうですね。

(堀口) 実は入局を希望したんだけど、一度は断られているのよ。理由は「これまで女性がいなかったから」。ずっと男性ばかりだったから、女性をどう扱っていいのかわからなかったんだろうけれど。そんな時代だったのね。

しかし入局希望者のひとりに東大医学部を卒業した女性がいて、そのお父さんもまた東大医学部の卒業生で、彼女を入れようという話になったらしく、さすがに男ばかりの医局に女性ひとりというわけにはいかないと、私に声がかかったという訳。

仕事に男女の区別はないけど、それぞれの視点は大切

——— 男性ばかりの医局ではご苦労もあったでしょうね。

(堀口) 仕事をするうえでは、男女の区別はないわ。でも、医局だから当然当直もある。緊急の帝王切開などに備えて、毎晩3人の医師が当直するのだけれど、当然、女性用の当直室が用意されていない。女性への気遣いもあったかもしれないけど、男性たちも女性に寝顔を見られたくないという思いもあったみたいで、新しく女性用の当直室が作られたわ。

医局でしばらく研修を積むと、医師たちは地方の産婦人科を回るのね。男性医師よりずいぶん遅れたけど、私も三浦三崎にある産婦人科に行くことになってね。とはいえ、病院にしてもそれまで女性医師を受け入れた経験がなかったから、最初はやりづらかったと思うわ。ここでまたも役立ったのは、私の気さくなキャラクター(笑)。病院の経営者も看護師さんもすんなり受け入れてくれて、「女性同士だから恥ずかしさがない」と言ってくれる患者さんもいらしたわ。と、こんな感じで、まさにどこへ行っても新天地開発。そういう時代だったのね。

——— 女性産婦人科医のパイオニアそのものですね。

(堀口) 私が医師になった頃は、男性医師が男性の視点で女性の身体を診ていた時代。でも世の中には男女どちらもいるんだから、医師だってどちらの視点も大切なんじゃない? 後になって、「先生に診てもらえて良かった。ずっと男性の先生に診てもらうのがつらかった」と患者さんに言われたわ。

妊娠、出産のときに抱いた不安感、子どもという思い通りにならない存在への扱いなどひとりの女性としての私の体験を、同じように仕事をしながら妊娠・出産する女性たちにアドバイス、寄り添っていくことが、まだ女性医師が少ない時代における産婦人科医としての私の大切な役割だと思って患者さんに接してきたわ。

前編を終えて
「大変ではありませんでしたか?」とお聞きすると、「う〜ん。忘れちゃったわ」と笑顔で答える堀口先生。険しい道を乗り越えるには、笑顔と忘れることが秘訣なのかもしれません。働く女性のパイオニアとして、あとに続く私たちの道を切り拓いて来られた堀口先生のお話はまだまだ続きます。後半では、働きながら子育てをするのに大切なことをお聞きします。

文・写真/米谷美恵

堀口雅子先生(ほりぐち まさこ)
Profile
婦人科医。1930年(昭和5年生まれ)の90歳。群馬大学医学部卒業後、東京大学医学部産科婦人科教室、長野赤十字病院他を経て虎の門病院産婦人科医長。現在も週1回、女性成人病クリニックにて診療を続けている。一般社団法人性と健康を考える女性専門家の会名誉会長。2003年エイボン女性功労賞受賞。夫は産婦人科医で元愛育病院院長の堀口貞夫氏。

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