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【医師寄稿】「産後うつは甘えじゃない」やみくもな「根性論」は無意味なばかりか有害

Milatas/gettyimages

ウィズコロナで、生活に何らかの制約がある状況が続いています。妊娠・出産・育児に向き合っているファミリーのくらしも変化せざるを得ず、育児中のママの孤立化も心配され、産後うつについては社会問題化しています。
「やっぱり産後うつは甘えだ、と考えている皆さん、産後の心の健康と甘えについて一緒に考えてみませんか?」と、この状況を大変憂慮している精神科医の安田貴昭先生からの寄稿です。

産後うつはママの「甘え」?

「産後うつは甘えだ」という意見を耳にすることがあります。そうはっきり言わないまでも、「甘えるな」と言わんばかりの厳しい態度をとる人もいます。

確かにひと昔前までは、妊娠出産のイメージはこんな感じでした。
「女の人には母性本能が生まれつき備わっていて、ひとたび妊娠すれば気持ちがハッピーになり、しっかりと赤ちゃんを守り育てるための能力が目覚めてくる。最初は不安かもしれないけど、『母は強し』なのだから頑張って乗り越えなきゃだめだ!」

妊娠や出産をこんな風にとらえている人にとっては、ママたちがうつ病になるということがうまく理解できず、「甘えだ」と一喝したい気持ちになってしまうのも無理のないことかもしれません。
ですが、ちょっとだけ専門家の意見にも耳を傾けてほしいと思うのです。

最近の精神医学の考え方は?

かつては精神科医も「妊娠すると精神疾患の症状は一時的に軽くなる」と信じていました。しかし、現在の精神医学では妊娠出産によって女性のメンタルが強まるとは考えません。むしろこの時期は精神状態が不安定になりやすく、精神疾患の発症や悪化の危険も高まるのです。
ですから、「ママなんだから頑張れる」といった考え方は少し危険です。ママのメンタルをいい状態に保つどころか、過剰な負担をかけてますます悪いほうへと追い込んでしまうことになってしまいます。

妊娠出産後の女性の体と心はどうなっている?

妊娠や出産では身体に大きな負担がかかります。昔に比べてお産が安全になってきたとはいえ、現在でも出産による直接的な原因で10万人に対して3.8人ほどの女性が命を落としています(2015年厚生労働省)。出産は命がけなのです。

一方で女性のメンタルにかかる負担はこれまでほとんど注目されてきませんでした。近年になって妊産婦の自殺の実態がわかってきて、東京23区を対象とした調査では10万人に対して8.7人の割合で妊娠中や産後の女性が自らの命を絶っていました。これは身体的な原因で亡くなる女性の数を大きく上回っています。

産後のママに限らず自殺は重大な社会問題のひとつでもあります。自殺の原因は「甘え」でしょうか? 自殺を自己責任だと言って支援を怠るならば、そのほうがよほど甘えた考えだと私は思います。

パートナーや家族の基本的な心構えとは?

妊娠と出産によってママの身体とメンタルは激しく変化するため、いったん調子を崩してしまうと自力で回復させることがとても大変です。昨今、一部でもてはやされている「自己責任」という考え方は通用しません。パートナーや家族は「ママを助け、支えていく」という心構えを持つことが大切です。そして、「いったい自分が何をすれば、ママにとっていちばんの助けになるのか」を考えて行動することがママの心身の健康を守ります。
産後のメンタルヘルスについて次の3つの状態をまずおさえておきましょう。

[産後うつ病]
うつ病は産後の女性の10%ほどに認められます。ホルモンの変化だけで起こるわけではなく、パートナーも産後にうつ病になります。症状の程度や関連するストレス因子などによって治療や支援のしかたも変わるため、きめこまかい心配りが大切になります。

[産後精神病]
産後1カ月以内に突然発症し、混乱した精神状態のなかでまったく予想しない自殺や事故に至ることがあります。どのような人が産後精神病になりやすいかはある程度わかっており、該当する場合は前もって対策しておく必要があります。

[マタニティーブルーズ(ベイビーブルーズ)]
これは病気ではありません。日本では産後の女性の25%程度にみられるといわれます。一時的に涙もろくなったり気弱になったりし、まわりの人はあわてずに温かい気持ちで見守ればよいのですが、うつ病や産後精神病の初期症状と似ているため油断しないようにしてください。

それでもやっぱり「甘え」じゃないか?と思ったら

それでもなお「病気とかじゃなく、ただの甘えにしか思えない」というときは、どうすればいいでしょう。

通院中であれば、ぜひ精神科医にその率直な意見を伝えてください。すぐ近くでママのことをみてきたパートナーやご家族の方がそう思うのですから、きっと「甘え」を感じさせるような何か重要な問題が潜んでいるはずです。

精神科の治療では身近な人からの生の情報はとても貴重です。ママが診察でうまく話せなかったりして、大事なことが精神科医にきちんと伝わっていないということもあるのです。パートナーやご家族も一緒に診察室に来て、医師がちゃんとした診断や治療を行っているか目を光らせてください。それが大切なママを助けることになります。遠慮することはまったくありません。

苦しみを乗り越えてこそ成長がある?

苦しいときでも甘えずに乗り越えることが大事だという考え方もありますが、これは産後うつの場合は当てはまりません。スポーツ選手でも、昔はのどの渇きの苦しみ耐えてトレーニングするのが当たり前だったのが、現在は脱水症状を引き起こすだけの無用な苦しみだと考えられているでしょう。やみくもな「根性論」は無意味なばかりか有害であって、これはメンタルヘルスに関しても同じです。

妊娠、出産によって女性の心と体は大きく変化し、自分の力だけでは心身の健康維持が難しくなったりします。ほかの誰かがそれを助けることは何もおかしなことではありません。むしろそのようなときには、まわりの助けにきちんと甘えてくれないと困ります。そう考えると「産後うつは甘え」というのはある意味、正しいと言えるかもしれません。産後うつになったら、きちんと甘えてほしいのです。

多くの人は「甘え」という言葉を、相手を批判する意味で使います。苦しみ困っている人にむかって批判的なことを冷たく言い放つような人というのは、そもそも少しおかしいのです。そんな人の意見にはあまり耳を貸す必要はありません。

妊娠出産で苦しい気持ちを抱えている人がいたら、本人だけに苦しい思いをさせずパートナー、家族、そして社会全体でも一緒にその苦しさに向き合ってほしいと思います。

文/安田貴昭先生(精神科医)
Profile
精神科専門医、医学博士。1997年浜松医科大学医学部卒業。東京女子医科大学病院精神神経科などを経て、2009年から埼玉医科大学総合医療センターメンタルクリニック勤務。妊産婦のメンタルヘルスのための専門外来「周産期メンタルケア外来」を行っている。

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