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東日本大震災から10年。石巻のママと赤ちゃんは?今こそ見直したい子育て世帯の防災 #あれから私は

2011年3月11日に起きた東日本大震災から10年。年月がたつにつれ、防災の意識が少しずつ薄れてきてはいないでしょうか。2021年2月13日に東北地方が東日本大震災の余震に襲われました。もし今、大震災が起こったら。小さな赤ちゃんや、大きなおなかを守りながらどうやって逃げたらいいかイメージできていますか。巨大津波に襲われ甚大な被害を受けた宮城県石巻市で、NPO法人ベビースマイル石巻を設立し、子育て世帯を助ける活動をしてきた荒木裕美さんに話を聞きました。

10年前、親友を失った喪失感の中、命の力を信じて立ち上がった

――10年前東日本大震災が発生した時、荒木さんはどこで過ごしていましたか。

荒木さん(以下敬称略) 一番上の子が1才8カ月、当時私は妊娠8カ月で、自宅の2階で過ごしていました。地鳴りのあとに、ものすごく大きな揺れがきて一瞬ですべてがパニック。揺れに耐えるのに精いっぱいで、子どもを守りたくても守れない。日ごろの準備の少なさや、ママとしての無力さも感じました。

――荒木さんは震災から2カ月後に子育て支援団体を作ったとのことですが、その経緯を教えてください。

荒木 当時、親子ビクスのサークルに参加していたんですが、震災でその仲間たちが、津波で大きな被害にあってしまいました。とくに、一番仲よくしていた友だちが命を落としてしまって…強烈な喪失体験でした。でも、私はまだ生きている。子どもがそばにいて、これからまた生まれる命を育てることができる。失ったつらさとともに「命」の持つ強さを感じました。

また同時に、子育て世帯は地域から見えづらく、必要な物資や情報が届きにくいと感じていました。自宅は一部損壊だったので私と家族は自宅避難をしていましたが、支援物資が届かず近所の人たちと自力でなんとかしのいでいた状況でした。
そこで、ママたちが集まって「私たちがここにいるよ」と発信ができる場所を作ろうと思ったんです。

喪失感の中で、早くなんとかこの状況を打破したかった。同時に、赤ちゃんが持っている力で、地域を少しでも元気にしたいという強い思いがありました。

――大変な思いをされた中で、立ち上がられたんですね。

荒木 壮絶な体験をしましたけど…それでも生きていくしかないんですよね。生きているんだから、なんとかポジティブに考えていこうとしていました。

――震災後、つらい時の心の支えになったのはどんなことでしたか?

荒木 やっぱりだれかと話すことでしたね。子どもと散歩に出かけて、道ばたで会ったママ友とたわいもない話をするだけで、すごくほっとして元気になりました。ただ、被害の大きさに差があったので震災の話はしばらくはできませんでした。

日常は戻らない。だから風化させたくない

――現在、10年たって、石巻市も復興が進んだと思いますが、生活に日常は戻ったと感じますか。

荒木 日常が戻ったかというと…元通りの日常ではないですよね。すべてなくしたところから、新しく生活を作ってきたので…。仮設住宅解消などのニュースを聞くと復興が進んだという実感もあるけれど、ご家族をなくされた方にとっては、日常は戻らないかもしれません。

――この10年を振り返るとどんな思いがありますか?

荒木 とても大変でした。個人的には子どもも手がかかる時期というのもあったし、地域全体で町も生活も再建しなければならなかった。みんな忙しく動きながら支えあいながら、あっという間に過ぎた10年でした。

2月13日の震度6弱の地震は、この10年を振り返るいい機会になりました。震災後は「次の災害時には絶対同じ目に遭わないぞ!」と思って、いろいろと取り組んできましたが、まだたりない部分があると反省もしました。震災の経験は、風化させたくないし、備えたい、伝えたいという思いがあります。

災害時は子育て支援施設が情報と物資の拠点に

――ベビースマイル石巻の活動では、防災のためにどんなことを行っていますか。

荒木 赤ちゃんや小さい子が一緒の時期は、必要な備蓄品や避難グッズ、非難時の動き方などが大人だけの時とは違いますよね。
だから、ママやパパ向けの0才児講座に防災の時間を作ったり、お散歩しながら避難路を通ってみたりなど、ママやパパたちの関心ごとの中に防災を伝えていく、ということを大事にしています。

あとは、地域の子育て情報をまとめた冊子を作っているんですが、そこに必ずハザードマップや防災のページを入れています。

また、地域とつながること自体が、災害時にはとても大事です。現在の活動の主な目的はママと赤ちゃんの居場所作ですが、緊急時にはこのネットワークが機能するということを必ず伝えるようにしています。

――ネットワークは防災にどのように機能するのでしょうか。

荒木 たとえば、子育て支援拠点は、災害時に2次的な避難場所になったり、ミルクや紙おむつなどの乳幼児向けの支援物資が集まる拠点になったりすることもあります。また、自治体や地域と連携して運営しているので、困った時に頼れる場所になると思います。ぜひ、近所の子育て支援施設の場所を知っておくことをおすすめします。

また、災害時はいろんな情報がたくさん流れますが、その中から赤ちゃんや妊婦さんに関する情報をピックアップすることはすごく難しいんです。子育て支援のNPOなどとつながれば、必要な情報が集約され、ほかのママたちと情報交換できます。災害時に、情報を得られるかどうかは命にかかわりますから、物資の面と情報の面で非常に重要です。

地域みんなでつながりながら、の子育てを

――この10年、NPO法人としての活動の中で石巻の子育ての様子は、どんなふうに変わったと感じますか。

荒木 地域の中で子育て世帯が活動的になり存在感が増して、見える化したと感じます。震災後1〜2年で、1000人くらいのママたちとつながりができました。震災後の不足感や危機感が、細く緩やかなネットワークとして地域に広まった感じはありますね。

パパたちも育児に積極参加。石巻市の父子手帖

――石巻のパパたちは子育てに参加していますか?

この10年でかなり主体的にかかわるように変わったと思います。石巻市では、少子化対策で2015年から父子手帖を作っていますし、ベビースマイルでもパパの子育て参加を働きかけてきました。
やはりパパたちも、被災したこの地域で子育てをする中で、もっと地域とかかわりながらみんなで子どもを育てたいという思いを持ってくれているようです。社会的な変化も手伝って、現在はたくさんのパパが自然に参加してくれています。

――今乳幼児を育児中のママやパパに防災についてのアドバイスをお願いします。

荒木 10年前の被災時、一番困ったのは水でした。断水してうがいもできないし、もったいないから少しずつしか飲めませんでした。ペットボトルの水などはできるだけ備蓄しておいたほうがいいと思います。
また、おしりふきを多めに常備しておくと、赤ちゃんの体や、汚れたものなどもふけるので便利です。
家族の状況によって必要なものは違うので、リスト通りにそろえるというよりは、その時に必要なものを多めに置いておくのがいいのではないでしょうか。
乳幼児は紙おむつのサイズや食べられるものも変化が早いですから、数カ月ごとにチェックすると安心ですね。

お話・監修/荒木裕美さん 写真提供/東日本大震災アーカイブ宮城(石巻市)、石巻市健康推進課、石巻市復興まちづくり情報交流館、NPO法人ベビースマイル石巻 取材・文/早川奈緒子、ひよこクラブ編集部

地域とつながりながら子育てをすることは、普段の生活にももちろん、災害時に孤立しないことにも有効です。東日本大震災の余震は今後も続くといわれています。ほかにも南海トラフや首都直下型地震、火山噴火、豪雨災害なども心配されています。災害大国ともいわれる日本では、備蓄だけでなく、地域の施設やコミュニティーもチェックしておきましょう。

荒木裕美さん(あらきひろみ)

Profile
NPO法人ベビースマイル石巻 代表。
2011年5月に任意団体として「ベビースマイル石巻」をスタート、2012年春にNPO法人を設立。東日本大震災時の経験をいかし、子育て世帯と行政・地域社会とのネットワークを構築するため、地域に根ざした子育て支援活動を行う。2013年 内閣総理大臣賞 子育て・家族支援部門受賞。宮城県次世代育成支援対策地域協議会委員。いしのまき人財・地域創生会議 会長。

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