年間400人が手足が不完全な状態で生まれる…。ロボットハンドで広がる子どもの未来【専門家】
生まれつきや事故などで手が欠損した子どもも、訓練により自分の意思で操作ができる「筋電義手(きんでんぎしゅ)」があります。できるだけ低年齢のうちに訓練をしたほうがいいとも言われる理由について、兵庫県立リハビリテーション中央病院の陳隆明先生に話を聞きました。
1才以下で訓練を始める子どもが多い
小児筋電義手は、生まれつきや事故などで片手のひじから先が欠損した子どもが、自分の意思で動かせるロボットハンドです。筋電義手を腕に装着すると、義手の内側にある電極が、筋肉を動かすときに生じる微弱な電流(筋電)をひろって、モーターを動かします。それにより物をつかんだり離したりする動作が可能になります。子どもが筋電義手の操作を習得するには3〜5年ほどかかりますが、一度マスターすれば、靴下をはく、折り紙を折る、縄跳びを跳ぶなど、さまざまな両手動作ができるようになります。
日本では1年に約400人の子どもが、手や足の形状が不完全な状態で生まれる、という調査結果(2018年に東京大学医学部附属病院のグループが発表した全国調査の推計)もありますが、小児筋電義手を一体どれくらいの子どもが必要としているのか…その正確な数字は不明なのだそうです。
「厚生労働省による全国的な統計が行われていないため、日本で何割くらいの子どもに先天性上肢欠損(生まれつきひじから先の腕や手がない状態)があるかの正確な数字はわかりません」(陳先生)
一方で、2002年から外来診療を始めた陳先生の患者さんは、卒業した子も含めると100名ほどに上り、現在は70名ほどが外来に通院しています。
「2002年当時は3才以上の子どもが多かったですが、今は関西近郊の産婦人科医・小児科医の多くは私たちが小児筋電義手のリハビリを行っていることを知っているので、生後間もなく連絡が入ることもあります。最近は圧倒的に年齢が低く、ほとんどが1才以下で来院します」(陳先生)
自分の手と思うか、道具と思うかの違い
先天的にひじから先の腕や手が欠損した状態で生まれた子が、低年齢のうちに筋電義手を装着すると、義手を“自分の手”として認識する可能性が高まるのだそうです。
「早くて生後半年からつける子がいますが、低年齢からつけていると、かゆいところを義手でかいたり、汗をふいたりすることもあります。それに対して、4〜5才くらいから訓練を開始した子は筋電義手を“道具”と認識するので、そういう自然な動作は起こりにくい。その違いがあります」(陳先生)
諸外国では2才以下から訓練を開始することで、ドロップアウト(途中で訓練をやめてしまう)率が低くなると言われていますが、兵庫県立リハビリテーション中央病院では開始年齢はあまり重視していないのだとか。
「開始時期が早くても遅くても、きちんと訓練をすれば、筋電義手を使えるようになる達成度は同じです。それよりも大事なことは、本人の目的意識です。
大人になってから事故などで手を失った人は、両手があることの便利さを知っていますから、片手で不便になったぶん、仕事や生活などの目的意識を持って筋電義手をマスターして、使い続けることができます。
しかし、先天性上肢欠損の子どもは、両手がある便利さを知らずに生活を続けています。筋電義手を使い続ける義務感も必要性もあまり感じないことも多いんです。だから筋電義手を使い続けられるかどうかは本人の意識次第。
生後6カ月で訓練を始めても、小学生になって『やっぱりいらない』と思えばその時点で中止せざるをえません。4〜5才から訓練を始めた子でも、道具として便利と思い続けていればずっと使っていきます」(陳先生)
日常生活で筋電義手を使い続けるために
両手動作ができるほうが生活が便利になるだろうと大人は考えますが、それでも子どもが筋電義手をいらない、と思ってしまう要因の多くに「イメージとのギャップ」があります。
「筋電義手ではジャンケンはできませんし、素早い動作もできません。筋電義手をつけてできることは増えても、自分のイメージ通りではなかった、というときには、子ども自身から『もうつけたくない』と言うことがあります。そういうときは、保護者に使用の中断をすすめます。いちばんよくないことは、子どもが嫌なことをやり続けることなんですよね。
すでに筋電義手の使い方をマスターしていれば、必要になったときにまた練習すれば使えるようになります。保護者は中断することを不安に思いますが、大切なのは子どもが使いたいという気持ちです」(陳先生)
子どもが筋電義手を継続して使い続けるためには、日常的に「これをやりたい」という目的と、「できるようになった」という成功体験の積み重ねが必要なのだとか。
「先天性上肢欠損の子どもは、片手の不便さを自覚していないことがあります。筋電義手をマスターした子どもは、はさみを使う、こまかな物をつまむ、ズボンをはくなど日常生活の課題を上手に行うことができます。でも訓練でできることを生活の中で自主的にするかというと、それはまた別の話です。
また、幼稚園や小学校など、周囲の協力も不可欠です。筋電義手でできることはかなり増えますが、動作に少し時間はかかります。体育の着替え一つとっても、上手に一人で着替えられるけれど、チャイムに間に合わないことがある。みんなとそろえたいから、義手をつけないほうがいいんじゃないかと思ってしまうこともある。そんなとき周囲のみんなが、その子のために3分待ってあげられる環境になるといいなと思います」(陳先生)
家族で楽しむイベントが情報共有の場に
兵庫県立リハビリテーション中央病院では、筋電義手使用児と家族、病院スタッフが集まって交流する「親子ひろば」を年1回開催しています。先天性上肢欠損に関しての情報が少ないため、保護者や 子どもたちの横のつながりによって情報共有する場にもなっています。
「運動会や1泊のキャンプ、釣り大会で釣った魚をさばいてバーベキューをするイベントも行いました。現在は新型コロナで開催できていませんが、みなさん楽しんでくれてとても好評だったので、収束したらぜひまたやりたいです」(陳先生)
写真提供/一般社団法人日本作業療法士協会 取材・文/早川奈緒子、ひよこクラブ編集部
先天的に手が欠損した子が、筋電義手を日常的に使えるようになり、両手動作ができることで、未来の可能性が広がります。まずは多くの人が筋電義手を知ることが、子どもたちの未来を広げる一助になるのではないでしょうか。