育業(育児休業)は女性も男性も「仕事」か「育児」かの2択を迫られるのではなく、「どっちも!」と言えるための制度【専門家】

2022年6月、「育児休業」の「休む」というイメージを一新するため、東京都が育児休業の愛称を「育業(いくぎょう)」とすることを発表しました。その4カ月後、2022年10月から「産後パパ育休」が施行。2021年6月に育児・介護休業法が改正され、2022年4月・10月、2023年4月と段階的に施行されていますが、「なんだか複雑そう・・・」という声も聞きます。東京労働局で30年にもおよび育児休業制度と向き合ってきた横山ちひろさんに、改正の背景や今後期待できることなどについて聞きました。横山さんは、東京都×東京労働局コラボ企画動画で、「育業」について詳しく解説しています。
育業(育児休業)360度徹底解説!【東京都×東京労働局コラボ企画】
育業についてよくある質問やおすすめの取得パターンなどを解説した動画です。
複雑だけど、実はだれでも柔軟に育業しやすい制度

――今回の法改正は男性や有期雇用労働者が育業しやすくするためといわれますが、「産後パパ育休」は一見難解で、自分がどう取れるのかわかりにくい気もします。
横山 そうですね、1992年に施行された育児休業法(1995年より「育児・介護休業法」)は、この30年でさまざまな建て増しをしてきたので、もともと複雑なんです。今回の改正でさらに複雑になったという声も多々聞こえてきますが、パパたちに「まずは、やってみてほしい」というのがなによりのねらいです。
今回の法改正でパパの育児休業制度が変わった大きなポイントは、出生後8週に2回分割して取れること、それに加えて子どもが1歳になるまで分割して2回取得できることです。
複雑にはなってしまったけれどこのように変えられた理由は、国の調査で男性が育業しない理由に「経済的な心配」「自分にしかできない仕事がある」「職場の雰囲気」が主なものだったことにあります。
心配が多い収入のことについて。育児休業中は雇用保険から賃金の67%の給付金が支払われますが、社会保険料の負担が免除になるため、実質の収入は8割ほどになる計算です。1カ月の育業で8割になることが不安であれば、出生後半月だけにすることもできる。「産後パパ育休」を2回に分けて取れるようにしたことで、経済的なことがクリアできると考えています。
分割して取得でき、出張や会議にも出られる「産後パパ育休」
――では仕事の忙しさについてはどうでしょうか?
横山 産後のママは、母体の回復に努めて、なるべく横になりながら赤ちゃんの授乳や抱っこしたりしていると思います。産後8週、つまり2カ月はママにしてみればパパが家にいて、一緒に家事育児をしてほしいですよね。でも、パパとしてはどうしても大事な会議や出張があるから2カ月ずっと家にいることはハードルが高いとなると、結局1週間だけしかとらない、といった選択をすることが多かったんです。
「産後パパ育休」は小分けにして取れるから、合間に出張にも行くことができるし、大事な会議があるときには育業中に就労することもできます。私の理想は、産後8週は育業したい日を選択して好きなだけ家庭にいられるスタイルですが、今の育児休業制度も、かなりそれに近いことが可能になっています。複雑なように見えますが、いろんなパターンを作ったのは、いろんな働き方に合わせて育業しやすくしたためです。「これなら育業できるでしょう!さあどうぞ、どんどんして!!」という強い気持ちがあります。
――この法改正によって、職場の育業しづらい雰囲気も変わるでしょうか。
横山 日本の育児を取り巻く環境は、この30年ほどで改善していると思います。私には25歳の娘、21歳の息子がいますが、私の子どもたちが小さいころと比べると、抱っこひもスタイルのパパや保育園の送迎をするパパは格段に増えたと感じています。でも、パパが育児にかかわるには、パパだけの意識が変わる以外に、会社の上司や同僚が変わる必要があります。
現状は、育業するのに理由がいる状況です。「2人目が生まれちゃって・・・」「実家が遠いもんで・・・」「妻も仕事してるんで・・・」とか。それは、周囲に取っている人が少ないために、自分だけ取ることに引け目を感じてしまうからだと思います。私は育児休業を取ることだけが素晴らしいと言うつもりもないですが、取りたい人が「取りたいから取る」、そのシンプルな理由で取れるようになるべきだと思います。
今回の法改正にあたって、2022年10月の「産後パパ育休」施行の前から東京労働局には「私は対象になりますか」といった問い合わせが多数届き、パパたちの関心の高さを感じました。男性の育児休業ですが、取得率は令和3年度の調査で約14%、政府目標は令和 7年度までに30%となっています。私は、あと2年で50%くらい達成できるんじゃないか、達成したい、と考えています。「取っていいんです。取ったほうがいいんです」という社会の雰囲気にどんどんなっていってほしいんです。
――2023年4月からは、従業員1000人超の企業が取得率を公表することが義務づけられます。これによってどんなことが期待できますか?
横山 取得率を公表して数字を“見える化”することに意味があると考えています。社内でも育業する人が増えると、精神的にもしやすくなることが一つ。そして私が個人的に期待しているのは、保育園のネットワークです。子育てに関する情報って、保育園のママ友・パパ友から流れませんか?「同じ保育園の〇〇さんは2人目が生まれるから育業〇カ月した」という情報が広がることで、パパが育業する流れが少しずつ浸透することを期待しています。
男性も女性も当たり前に育児にかかわる時代にするために
――女性の取得率は令和3年度の調査では85.1%ですが、この数字の分母には出産を機に離職する人は含まれておらず、2014年の段階では出産を機に離職する女性の割合は46.9%だったそうです。女性が出産を機に離職してしまうことが、男性の育業が進まない要因とも考えられるでしょうか。
横山 妊娠・出産を機に離職した女性へのある調査では、本当は仕事を続けたかった人が41.5%、そのうち両立が難しかった理由の1位は「自分の気力・体力がもたなそうだった」で、59.3%でした。これって、女性に根性がないから、という話ではありません。むしろ仕事にやりがいを感じて頑張っている人ほど出産を機に仕事を辞めてしまう、という傾向が30年続いています。
この数字からわかるのは、育児休業制度を利用できなかった女性は「仕事」をあきらめている実態。一方男性は、育業できない場合「育児」をあきらめます。また、女性が育業したとしても、復職するときにママだけが時短勤務となり、パパは以前と変わらず仕事をしているケースも多くあります。では、ママが仕事を続けて育業するにはどうしたらいいのか。その答えはパパが育業すること、だと思います。
育業は女性も男性も「仕事」か「育児」かの2択を迫られることなく、「どっちも!」と言えるための制度です。育業だけでなく、保育園からの急な呼び出しのお迎えも、習い事の送迎なども、夫婦2人で育児にかかわることを当たり前にするために、長期の育業が難しければ、まずは「産後パパ育休」から、ぜひしてみてほしいと思います。もし、どんなふうに育業できるかわからない場合には、各都道府県の労働局雇用環境・均等部の窓口に問い合わせてみてください。
――夫婦2人で子育てすることが当たり前になるためには、今の子どもたち世代にも教育が必要だと考えますか?
横山 私は各学校から依頼があって、働くことや育児休業制度について出張講座をすることがあります。そのときに必ず話に盛り込むのが生涯賃金の話です。女性が育業をして正社員の職を離れずにすめば、離職した場合と比べ生涯賃金で数千万円以上の差が出るといわれています。男女かかわらず勉強する内容も学費も同じなのに、女の子はせっかく入った会社を5年で辞めてしまう、なんてパターンは単純にもったいないですよね。
もう一つ、今の30〜40代の女性が育業して仕事を続けにくかった理由に、パートナーや自分が専業ママに育てられた人が多い、ということもあるでしょう。「子どもを保育園に預けるなんてかわいそう」なんて言われた人も少なくないと思います。子どもは親の姿を見て育ちますから・・・。そして、ママもパパも同じようにかかわって育てられた子どもは、子育ては両親がかかわるのが当然という意識で育つと思うんです。今回の法改正をチャンスに育業する人が増え、その姿を子どもが見ることで、地道に社会を変えていくことができると信じています。
お話・監修/横山ちひろさん 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
横山さん自身は2人目の出産のとき、夫が今よりもっと少数派だった育児休業をしてくれたことを、とても感謝しているそうです。「夫が育児にかかわったことで、思春期に入っても子どもとパパの距離が近く、問題があっても夫婦で一緒に受け止めて育ててこられた」と横山さんは言います。
横山ちひろさん(よこやまちひろ)
PROFILE
東京労働局雇用環境・均等部 指導課長補佐。育児休業法成立当初から育休制度や女性労働問題、働き方改革にかかわる。
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