小児専用のドクターカーに乗る医師「その子にとって最善の医療を提供できる場所へ」生死をさまよう子どもの命を救いたい
救急医療の現場や、重い症状で治療のために病院を移る「搬送医療」の現場などで「ドクターカー」が活躍しています。小児・周産期医療のナショナルセンターである国立成育医療研究センターでは、「搬送医療」に2台の小児専用のドクターカーがあります。その働きや役割などについて、同センター救急診療科 診療部長の植松悟子先生に聞きました。
重い病状の子どもの命を預かり、治療しながら搬送する
――まず、ドクターカーとはどのようなものか教えてください。
植松先生(以下敬称略) ドクターカーには2つの役割があります。1つは、ラピッドカーともいわれ、事故などで重症患者が発生した場合に、消防からの要請に応じて医師や看護師を乗せて出動し、病院に到着する前から医療処置を開始する“病院前救護”の役割をするもの。
もう1つは、“施設間搬送”といって、高次医療が必要な患者さんを病院から高度医療機関に転院する際に利用するもの。
救命センターによっては両方の役割を行っているドクターカーもありますが、私たちが行っているのは、2つ目に挙げた施設間搬送です。当院では寄付していただいた2台のドクターカーを運用しています。
――施設間搬送を行うドクターカーの業務とはどのようなものですか?
植松 私たちは、総合病院・クリニック・大学病院・小児病院などから広く搬送の要請を受けています。小児集中治療室(以下PICU)がないためにそれ以上治療が進まない、人手が不足していて重症の子どもを診られないなども含めて、より高度な医療を必要とする場合に要請を受け、当院のPICUに搬送します。
生死をさまようような重症な子どもの搬送はリスクが大変高いのですが、ドクターカーは移動中も治療を続けながら運ぶことができる、『動くPICU』のようなものです。ドクターカーがなければ助からない子どもたちの命を預かり、慎重に治療しながら搬送しています。
――連絡を受けてからどのくらいの時間で出動するのでしょうか?
植松 患者さんの年齢や体重・状態を聞いて、必要な医療器具や機械を準備しますが、小児医療では赤ちゃんから10代までの広い年齢層を診るので、大人よりもさまざまなサイズのものを用意する必要があります。また、通常は医師2名、看護師1名が同乗しますが、医師の増員が必要なことも。そのような準備をして、要請の連絡からほぼ30分程度で出動となります。24時間365日体制で、スタッフ9名と小児救急修練医4〜5名で行っています。
――出動範囲はどこまでですか?
植松 都内だけではなく近県にも患者さんを迎えに行きますので、搬送には往復で2〜3時間かかることもあります。救急チームとしては、手術が必要でどうしても搬送が必要な人がいる場合、飛行機や自衛隊機などで日本全国に出動する場合や、海外への搬送も行う場合があります。
重症な子どもをできる限り安全に搬送したい
――施設間搬送される小児患者の年齢は何才くらいで、どのような病状の患者さんが多いのでしょうか。年間で何件くらいの搬送がありますか?
植松 もっとも多いのは0〜2才の子どもで、重症の肺炎や髄膜炎(ずいまくえん)、インフルエンザなどによる急性脳症などです。近年は年間70回くらいの出動ですが、2020年は新型コロナウイルスの影響で搬送数が少し減りました。というのも、子どもは感染症から肺炎や急性脳症などをひき起こすことが多いのですが、コロナによる感染症対策の徹底と、外出自粛や休校などで風邪などの感染症にかかる子どもの数が減ったために、重症化する数も減った可能性があります。
――小児ドクターカーに乗る医師は専門の訓練をするのでしょうか?
植松 基本的な救急医療処置が行えることはもちろん、小児集中治療の技術、麻酔の技術なども必要です。さらに搬送医学というものがあります。移動時に起こりうる、体温の低下への予防や対策、車の揺れで病状が悪化する場合には運転士にも情報共有すること、子どもに人工呼吸用チューブなどの管を装着しているときには抜けたりずれたりしないように搬送するなどの知識と技術と経験が必要です。
――植松先生自身は、もともとこのような小児救急医療に携わることをめざしていたのですか?
植松 以前は一般小児科医をしていましたが、診察の中でとても容体が悪くなってしまった小児患者さんに出会いました。医師として、その子にもう少ししてあげられることがあったのではという思いを経験して、救急医療に携わるようになり、集中治療や麻酔の研修を始め、現在に至っています。
――ドクターカーの運用の意義はどのようなことでしょうか。
植松 医療が発達している日本にいながら、その病院の設備が十分でないという理由で、子どもが危険にさらされたりすることは最小限にできればと思っています。その子にとって最善の治療ができる場所が日本のどこかにあるなら、搬送して治療するべきです。1人でも多くの子どもの命を救いたいですし、重症化しないように防ぎたい。そのスキルをわれわれのチームは持っていると自負しています。
今後、小児医療の課題と考えていること
――今後の課題にはどんなことがありますか?
植松 子どもは大人に比べて重症患者数が少ないんです。子どもが元気なのはとてもいいことですが、逆に、小児科医が日常診療で重症患者を診る機会が少ないということにもなります。すると、小児の診療に慣れている小児科医でも、悪化の初期に気づきにくい場合があります。
症状が初めに現れる時期を“急性期”といいますが、そのときに子どもにどのような病気があるか考え、どのような検査や治療をするかの判断は、トレーニングや経験を積んでいないと難しいこともあります。その経験が、より多くの小児科医にもっと浸透していくといいと考えています。そうすれば、集中治療室などに搬送するまでの間、子どもの重症化を最小限にとどめることができる。医療では“均霑(きんてん)化”というのですが、全国どこに住んでいても十分な医療を受けることができるように、底力を上げていく必要があるというのが、私自身も含めての課題だと考えています。
――では、全国的な小児救急医療の課題はどのようなことだと考えますか?
植松 全国的なPICU施設の偏りがあることでしょうか。PICUがない地域でも、大人用の集中治療室(ICU)で小児の集中治療ケアを学んだ小児科医が子どもの医療を行っているところはあります。PICUが少ない地域に増やすのは施設だけではなく医師や看護師の養成も大事です。
小児集中治療では看護にも子どもの成長と発達を考慮した専門知識が必要です。PICUには重症な子どもを多くケアしてきた看護師さんがいるので、医師だけでなくチームでケアすることができます。施設整備とともに医療スタッフの養成も進める必要があると思います。
画像提供/一般社団法人 日本集中治療医学会 取材・文/早川奈緒子、ひよこクラブ編集部
ドクターカーは、その搬送がなければ助からない子どもたちの命のためのもの。国立成育医療センターで現在使用しているドクターカーは、1台は2012年にOBの医師が私費で寄付したもの、 もう1台は2018年に寄付型クラウドファンディングによって集まった資金で購入されたものだそうです。
※記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。