娘の『言葉が遅い』と言われて、1歳半健診で涙を流した本当の理由とは…耳が聴こえない母の本音【体験談】
イラストレーターのミカヅキユミさん(@mikazuki_yumi)は2012年に長男を出産、2016年に長女を出産した2児の母。ミカヅキユミさんは生まれつき両耳が聴こえないろう者で、その日常をコミックエッセイに綴っています。妊娠中・育児中のことや、娘の『言葉が遅い』と友人に指摘されたときのことをお聞きしました。全2回のインタビューの1回目です。
聴こえるか聴こえないかは、子どもがもって生まれてくる特徴のひとつ
ミカヅキユミさんは2011年に夫と結婚し、2012年に長男を出産、2016年に長女を出産。現在、夫と息子・ちどりくん(10歳)、娘・かのこちゃん(6歳)の4人暮らしです。
――ミカヅキユミさんの現状についてお話しを聞かせてください。
ミカヅキさん(以下敬称略)「私は生まれつき、耳が聴こえません。両耳ともにまったく聴こえず、会話の手段は
①手話
②口話(こうわ……相手の口の形を読み取り、また自分も音声日本語を発声して会話をする)
③筆談・音声認識アプリを使用しての文字での会話(手話を知らない方とはこの手段が多い)
口話には限界があるため、家族や親しい友人のみに使います。幼少期に音声日本語を発声する訓練はしましたが、自分の発音がどんな風に周りに聴こえているかわからないので、『話すことはできる?』と聞かれても正直よくわからないのです。私の声を聞きとれる人もいれば、聞き取れない人もいます。
夫との会話は①と②を併用しています」
会話の手段
――母になることに対する不安や葛藤はありましたか?
ミカヅキ「不安や葛藤はありませんでした。好きな人と一緒になり、子どもが欲しいと思う気持ちが芽生えることはエゴかもしれませんが、私にとっては自然なことでした。
生まれてくる子がもし耳が聴こえても・聴こえなくても、どちらでもよいと思っていました。赤ちゃんができておなかがうにょうにょと動く様子を見ていると、とっても愛おしくて、『この子と繋がりたい!』と思いました。
聴こえるか聴こえないかは、子どもがもって生まれてくる特徴のひとつに過ぎず、きっとほかにも“この子自身を示す特徴”は、たくさんあるのだろうな、なにを持って生まれてくるのか、子ども自身のことを知っていきたいと思っていました」
生まれつき耳が聴こえないミカヅキユミさんですが、それはミカヅキユミさんが持っている特徴のたったひとつ。生まれてくる子どももそれは同じで、たとえ耳が聴こえても聴こえなくても「この子はどんな子だろう」「何が得意で何が苦手かな」と、“子ども自身”のことをたくさん知るのを楽しみにしていたそうです。
新生児育児“げっぷ”がわからないときも…
――妊娠中に耳が聞こえなくて困ったことは?
ミカヅキ「1人目のときは、産院で『陣痛が始まったら、必ず聴こえる家族に電話で連絡してもらってください』と言われ、自分で対応できないかもしれないことに凹んだのを覚えています。
聴こえる家族がそばにいない可能性も考え、ダメもとでメール対応できないか交渉してみましたが、やはりダメでした。
2人目のときは、『もしもご家族がそばにいなくて1人だったら、電話しなくてもOK。陣痛かなと思ったら来ていいから!』と言ってくれる先生だったので、とても心強かったです」
――新生児期の育児で耳が聞こえなくて大変だったことはありましたか?
ミカヅキ「最初は、授乳のあとの“げっぷ”がわからなくて心配でした。口が『ゲプッ』と動いたり、振動でわかるときもあれば、わからないときもありました。わからないときはしばらく縦抱っこをして、苦しそうにしていないか、様子を見ていました」
ミカヅキユミ「また、夜寝ているときに赤ちゃんが泣いたことに気が付けるか不安だったのですが、幸い2人とも手足の力が強く、叩き起こしてくれました(笑)」
心配だった夜泣きも
――育児中に大変だったことを教えてください。
ミカヅキ「子どもたちが私にべったりで、自分の時間があまり取れなかったことです。(特に乳児~幼児期)抱っこするだけで泣き止んだり、気持ちよさそうに寝てくれたり、『ママがいい!』と駄々こねたり。
すっごく大変なんだけども、こんなに無条件で必要としてくれるなんて思っていなかったので。これは予想外でしたね。子どもからもらう愛情には、本当にかなわないなと思っています」
――妊娠中・育児中の夫の協力について聞かせてください。
ミカヅキ「妊娠中は夫が単身赴任であまり一緒にいられなかったので、メールで私の状況や赤ちゃんの成長について報告していました。
長男が生後3カ月頃から、一緒に生活することができるようになり、とっても嬉しく大きな安心感を感じたのを覚えています。夫とは『2人で一緒に育てるんだ』という意識をもっています。
夫と意見が食い違うこともありますが、お互い自分にはない視点を持っているので、新たな見方を発見できますし、『なるほど』と納得できる場合もあります。育児に限らず言い合いが多い夫婦ですが、楽しくやっています」
新生児育児をしているときは耳で赤ちゃんのようすを感じとる場面も多くありますよね。ミカヅキユミさんが不安に思った場面は、授乳の後のげっぷや夜中に泣いているのが聴こえないとき。耳が聴こえなくて困った瞬間もあったようですが、赤ちゃんのサインをしっかりと受け止め、夫と二人三脚で助け合いながら乗り越えていました。
娘は“言葉”を話せているのに。友人から「言葉が遅い」と言われ…
――1歳4カ月の娘さんの「言葉が遅い」と友人から言われて落ち込んでしまったことがあったようですが、そのときのことをお聞かせください。
言葉が遅いんじゃない?
ミカヅキ「当時の娘は手話の喃語が出ており、私は当然のように娘が“言葉”を身につけている、少しずつ意思疎通ができているという手応えを感じていました。なので、聴こえる友人に『言葉が遅い』と言われたときは驚きと戸惑い、そして悲しみを感じました。
わたしたちの“言葉”を否定されたような気持ちになりました。
『娘は聴こえているのだから、音声言語が大事だ』という周囲の考え方も理解できます。また、私には子どもの言語発達について専門的な知識がありませんので『手話で意思疎通ができているから大丈夫だ、問題ない』という勝手な思い込みは危険だとも思っていました。なので友人から指摘を受けたあと、小児科や、1歳半健診で勇気を出して相談してみました。
ただ聴者の感覚に合わせて『言葉が遅いと言われるんです』とお医者さんや保健師さんに説明することは、私にとってはとても辛いことでした。娘がお世話になったお医者さんや保健師さんは聴者でしたので、聴者にわかりやすいような言葉….という気持ちで相談したのですが、それは自分たちの感覚を自ら殺し、自分たちの言葉を“ないこと”にしているようなものでした。ほかにもっとよい言い方があれば良かったのですが、当時の私にはその言葉が思い浮かびませんでした。
私は、その道のプロの目から見ても『今のままで大丈夫』と太鼓判を押してもらえれば、あとはだれから何を言われようと、娘のこと、そして娘の“言葉”を守ることができるんじゃないか。そんな感情も入り混じっていたように記憶しています。
1歳半健診で保健師さんは私の話を聞いてくれました。傾聴してくれたこと。保健師さん自身の目で娘を見てくれたこと。そして『大丈夫だよ』と言ってくれたこと。とっても安堵したのを覚えています。娘の“言葉”をめぐる問題に関しては、こんなふうに話を聞いてくれた人がいなかったので、とっても嬉しかったです」
1歳半健診で思わずポロリ
ミカヅキ「この一件を通して目で見て生きる聴こえない人と、耳で聴いて生きる聴こえる人の、どうしても埋めることのできない感覚のズレを感じました。
けれども、私は、ろう者と聴者、お互いに平行線で交わることはできなくても、手を伸ばせば届くような距離に近づけるのではないかなと思っています。もちろん簡単なことではありませんが、私はそこを目指して対話を重ね、わかりあいたいと願いながら足掻いていきたいです。
相手を知ろうとすることを放棄せず、これからも泣いたり怒ったり笑ったりしながらジタバタしていきたいと思っています」
ミカヅキユミさんにとって、友人からの「言葉が遅い」は意外なひと言でした。娘のかのこちゃんは“言葉”(手話)でたくさんおしゃべりをしていたからです。このとき、聴こえる人との感覚のズレをどうしても感じずにはいられなかったと素直な気持ちを話してくれました。「娘の言葉を認めて欲しい」娘から受け取っているたくさんの“言葉”が“なかったこと”になってしまうのはあまりにも悲しいですよね。
後編では子どもたちとのコミュニケーション方法や、娘さんに「きこえるママがよかった!」と言われたときのことをお聞きしました。
お話・漫画提供/ミカヅキユミさん 取材・文/清川優美、たまひよONLINE
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年8月の情報で、現在と異なる場合があります。