乳幼児期の触れ合い経験減が、脳と心の発達に与える影響は? いま親ができること【認知発達科学】

新型コロナウイルスの感染が収束したあとも、身体的距離を保ったコミュニケーションは続くとされています。それは、子どもたちの脳と心の発達にはどのような影響を及ぼすのでしょうか。認知科学者である京都大学大学院教育学研究科教授の明和政子先生に、これから求められる子どもとの触れ合い、身体接触の大切さについて聞きました。
ヒトは他者と触れ合う環境のなかで進化してきた生物
新しい生活様式の1つである「身体的距離」は、オンライン通話やゲームなど仮想空間のコミュニケーションを加速させました。今後、新型コロナが収束しても、仮想空間でのコミュニケーションは、私たちの日常にさらに浸透していくはずです。
「完成された脳を持つ大人と、環境の影響をとくに強く受けて脳を発達させている途上の子どもとでは、仮想空間への適応能力が違います。
大人は、これまでの現実空間での経験や記憶に基づいて仮想空間に適応できますが、そうした経験や記憶を積み重ねている最中にある子どもたちはそうではありません。仮想空間でのコミュニケーションが当たり前の日常と化したとき、ヒトの脳と心の発達にどのような影響を及ぼすのかが危惧されます」(明和先生)
仮想空間が拡大すると、他者と身体接触する経験が減っていきます。
「ヒトは、他者との身体接触なしには生存できない生物です。とくに乳幼児期は,現実空間での身体接触が健全な脳と心の発達に不可欠です。
脳の発達の過程では、環境の影響をとりわけ大きく受ける『特別な時期』があります。これを、脳発達の『感受性期』といいます。脳は、環境に適応しながら発達しますが、異質な環境で育つと、その影響はのちの脳と心の問題として表れやすくなります」(明和先生)
触れ合い経験が豊かであればあるほど脳と心は発達する
それでは、身体接触は「感受性期」の脳と心の発達とどのように関係しているのでしょうか。
「身体接触と、脳の発達との関係は、身体感覚で説明できます。ヒトの身体感覚には3つの感覚があります。1つめは『外受容感覚』、2つめは『自己受容感覚』、そして3つめは『内受容感覚』と呼ばれるものです。
外受容感覚は、視聴覚などのいわゆる五感、自己受容感覚は、外界に対して身体を動かすときに筋肉や骨格から感じる感覚です。いずれも、身体が外界と相互作用するときに生じる感覚です。それに対し、内受容感覚は、身体内部に生じる感覚です.たとえば、おなかがすいた、おしっこがしたい、などです。
ヒトは生まれてから、これら3つの感覚を統合させることで、安定した『自己』というものを形成していきます」(明和先生)。
乳児期には、とくに内受容感覚の役割が大きいといいます。
「身体接触を伴いながら授乳をされると、赤ちゃんの身体の内部には,心地よさを感じる物質が沸き立ちます。血糖値やオキシトシンなどの内分泌ホルモンが高まるからです。ここまでは、哺乳(ほにゅう)類動物すべてに当てはまります。
しかし、『おなかがいっぱいだね』などと、養育者が乳児に対して笑顔で話しかけるといったかかわりをするとはヒトという生物だけなのです。
抱っこされながら授乳されるときに身体内部に沸き立つ心地よさ(内受容感覚)、このタイミングで笑顔(視覚)で話しかけられる(聴覚)乳児は、この経験を積み重ねていくことで、内受容感覚と外受容感覚を結びつけて記憶していきます。そうすると、ママの声を聴くだけで、抱っこされるだけで、心地いい感覚経験が呼び覚まされるのです。
これを『アタッチメント』といいますが、こうした身体接触を伴う豊かな対人経験を幼少期から積み重ねていくことが非常に大切です。
この時期に、こうした経験を十分得ていないと、その後の発達、とくに対人関係に深刻な問題が生じやすくなることがわかっています」(明和先生)
できる限り、笑顔で声をかけながら触れ合いを持って
ヒトの健全な脳と心の発達には,とくに、現実空間での身体接触が必須であるようです。コロナ禍で身体接触を避けることが求められている今、ママやパパが心がけたいことはどのようなことでしょうか。
「身体接触はヒトの育ちの基本であることを意識していただきたいです。スピーカーからの声、モニター上の表情を経験する(外受容感覚)だけでは,子どもたちの身体内部に心地よさを沸き立たせることはできません。
笑顔で声をかける、抱っこする、といった触れ合いを大切にしたかかわりが今、あらためて必要になっています。ママやパパには、子どもの前ではできる限り、触れ合いながらマスクをはずした表情を見せ、声をかけてあげていただきたいと思います」(明和先生)
お話・監修/明和政子先生 取材・文/岩崎緑、ひよこクラブ編集部
当たり前のことができなくなっている今こそ、子どものいちばん身近にいるママやパパたちが、今、何ができるのか、何をしておいたほうがいいのかを考えて、子どもに向き合っていきませんか。
明和政子先生(みょうわ まさこ)
Profile
京都大学大学院教育学研究科教授。専門は認知科学・発達科学。主な著書に『ヒトの発達の謎を解く―胎児期から人類の未来まで』(ちくま新書),『まねが育むヒトの心』(岩波ジュニア新書)などがある。