わが子に打たせなかった…と後悔する母親も。HPVワクチン22年春から積極的勧奨に、今からでも打つメリット【専門医インタビュー】
2021年11月、厚生労働省が全国の各自治体に「子宮頸がんを予防するHPVワクチン接種の“積極的な勧奨(すすめること)”を、来年4月から再開する」という通知を出しました。
国がHPVワクチンの「積極的な勧奨」を控えてから8年余り、なぜ今、急に再開することとなったのでしょうか?再開したら受けるべきなのか、そして積極的な呼びかけがされなかった間に定期接種対象期間を過ぎた人はどうなるのかなど、親が知っておきたい最新情報を、山王病院病院長で女性医療センター長の藤井知行先生に聞きました。
監修の先生
藤井知行 先生
PROFILE:山王病院 病院長、女性医療センター長
国際医療福祉大学グループ 産婦人科統括教授
国際医療福祉大学 医学部教授、国際医療福祉大学 大学院教授
1957年東京都生まれ。東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部産婦人科学教室主任教授と東京大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター長を兼任。厚生労働省が行う「母子感染の実態把握及び検査・治療に関する研究班」の代表として、全国の医師・一般の妊婦への啓発活動に尽力。日本産婦人科学会理事長を経て、現監事。東京都周産期医療協議会会長。『週数別妊婦健診マニュアル』『流産の医学』など著書多数
「積極的な勧奨」再開を後押ししたスウェーデンの追跡調査結果とは
子宮頸がんは、世界では女性がなるがんの中で2 番目に多いがんです。子宮頸がんの95%以上は、ヒトパピローマウイルス(以下、HPV)というウイルスの感染が原因で、女性の50%以上が生涯で一度はHPVに感染すると推定されています。HPVは主に性交渉によって感染するため、予防するには性交渉を経験する前にワクチンを接種することが最も有効です。
日本では2013年から、女性のみを対象にHPVワクチンが定期接種となりました。しかし、接種後に慢性の痛みや関節痛など多様な症状が生じたとする報告があり、2013年6月から「接種の積極的な勧奨(すすめること)」が控えられました。
それに伴い、接種率も激減しました。日本では現在、年間約1万人が子宮頸がんを発症し、約2,800人が死亡しており、患者数・死亡者数とも少しずつ増え続けています。
そうした状況の中、2021年11月、厚生労働省が「積極的な勧奨」を2022年4月から再開することを決め、自治体に通知しました。どうして急にこのように変化したのでしょう?
日本産科婦人科学会理事長を経て現在、山王病院病院長で女性医療センター長も務める藤井知行先生は、かねてよりHPVワクチンの必要性を強く訴えてきた医師のひとり。藤井先生は「2020年にスウェーデンが発表した論文が大きな後押しとなったのでしょう」と説明します。
スウェーデンの論文は、10~30 歳の女児・女性約167万人を対象に、HPV ワクチン接種後の子宮頸がんのリスクを追跡調査したものです。それによると、17 歳になる前にワクチン接種を受けた女性では、接種を受けなかった女性に比べて、子宮頸がんの発症が約88%も減少。17~30歳で接種を受けた女性でも、約53%減少したと報告されています。
「これまでも、子宮頸がんの一歩手前である『子宮頸部高度異形成』にHPVワクチンが有効であることはわかっていましたが、本格的な子宮頸がんである『浸潤(しんじゅん)子宮頸がん』のリスクとの関連を示すデータは不足していました。
このスウェーデンの論文は、HPVワクチンが浸潤子宮頸がんの減少に効果があることを示す、世界で初めての国家規模のデータと言えるもので、“積極的な勧奨の再開”の大きなきっかけになったと思われます」(藤井先生)
さらに、新型コロナウイルス感染症のためのワクチン接種が広く行われたことにより、一般のワクチンへの理解も進みました。そのタイミングと論文が重なったことも、要因の1つではないかと藤井先生は分析します。
若くして不妊や流産、命まで危険になる「子宮頸がん」の現実
しかし、親からは「突然『来年4月から』と言われても戸惑う」という声が多く聞かれます。2013年に問題となった「接種後の多様な症状」が気になる方も多いでしょう。親はこの急な変更に、どう対処するのが良いのでしょう?
「日本では30代の女性を中心とした若い世代に子宮頸がんが増加しており、大きな問題となっています。ごく初期に発見されれば、手術によって子宮の温存は可能ですが、流産・早産のリスクは高くなります。子宮の入り口が細くなったり閉じてしまう可能性などのリスクもあり、将来の妊娠・出産に影響が出る可能性もあります。
私もこれまで、若くして子宮頸がんになった患者さんを何人も見てきましたが、本当にとても辛い病気です」(藤井先生)
がんが進行してから発見された場合は、子宮や卵巣を摘出するなどの根治手術や放射線治療、抗がん剤による化学療法など、治療も辛いものになります。頑張って病気を克服しても、妊娠ができなくなったり、排尿障害、ホルモン欠落症状など、さまざま後遺症に苦しむ患者さんは少なくないのだそうです。
「子宮頸がんは別名・マザーキラーとも呼ばれ、小さいお子さんを育てている若い母親がかかるリスクの多い病気です。最悪の場合、命を落とすこともありますし、残されたお子さんやお父さんは、母親を亡くしてさまざまな苦難を乗り越えていかなければならないのです。
亡くなったお母さんにお子さんがすがり、『早く起きなきゃダメだよ!起きないと箱に入れられちゃうよ』と懸命に呼びかけていたという話は、同じ医師の中で辛い話として伝わっています。
接種を迷っていらっしゃる親御さんは、ぜひこの病気について勉強し、そうした現実を知ってほしいと思います。そして、自分の娘がもし子宮頸がんになったらどうか、ということを考えてみてください」(藤井先生)
以前問題となった「接種後の多様な症状」については、2017年7月、厚生労働省研究班(牛田班)が追跡調査の結果を報告しています。それによると、症状のフォローアップができた156例中、115例(73.7%)の人が症状が消失、または軽快したことがわかっています。
「多様な症状が出たお子さんの多くが、適切な治療・管理によって健康になっていることも、ぜひ親御さんたちに知っていただきたいです。こうした子宮頸がんの詳しい情報は、厚生労働省のホームページに出ていますし、公益社団法人 日本産科婦人科学会などのサイトでもわかりやすく解説されています。
1つの情報源だけでなく、いくつかのサイトで情報をチェックし、ぜひお子さんにベストの判断をしてください」(藤井先生)
積極的な勧奨を中止している間に接種機会を逃した女性も無料接種が可能に
「接種の積極的な勧奨」の再開によって子宮頸がんの予防が進むのは良いこととしながらも、重要な問題点が残されていたと藤井先生は言います。それは、「接種の積極的な勧奨」が控えられていた8年余りの期間に、定期接種の対象年齢から外れてしまった女性たちへの対応です。
その中には、親が接種後の多様な症状など心配して、娘に接種を受けさせなかったケースもあります。しかし、そのために将来、娘が子宮頸がんになる可能性があることを知り、定期接種が受けられなくなってから後悔しているという声も少なくありません。
「接種に反対した親御さんも娘の体を考えてのことですから、責めることはできません。それよりも、そういう方々をどうやってレスキューするかが大事です。
幸い12月に、積極的な勧奨を中止している間に接種機会を逃した1997~2005年度生まれの女性に対し、来年4月から3年間は無料で接種できる機会を設けることが決まりました。該当する方はぜひ、この機会を生かしていただきたいです」(藤井先生)
HPVは一度でも性交渉の経験があると感染する可能性があり、感染しているとワクチンを接種しても効果がありません。しかし、性交渉をすると必ずHPVに感染するわけではなく、感染しない場合もあるのだそうです。そのため、20代前半まではHPVワクチンの接種をした方がよいと藤井先生は言います。
「実はHPVウイルスに感染しているかどうか、検査ではわかりません。ウイルスが体内で増殖している間は検査で検出されますが、その後、遺伝子の中に入ってしまうと検査しても検出されないのです。検出されなくても体内に潜んでいる場合があり、それが将来、がんになる可能性があります。
感染しているかもしれないけれど、もしかしたら感染していないかもしれません。ワクチンを打つメリットはあると考えています」(藤井先生)
無料接種の対象年齢外であっても接種を希望するならば、費用を払ってでも接種する価値があると藤井先生は言います。
「接種すれば絶対に大丈夫とは言えませんが、感染していなければ高い確率で発症を防ぐことができます。先ほどもお話ししたように、この病気は命に関わりますし、救命できても妊娠や出産が難しくなるなど辛い問題が多くあります。30代という若い時になりやすいことからも、接種をしておくと安心でしょう」(藤井先生)
HPVワクチン接種と子宮頸がん検診の両輪でより確実に防ぐ
現在、海外の多くの国ではHPVワクチンの接種が進み、子宮頸がんの発症率も下がってきています。
「このままでは日本だけが『子宮頸がんで女性が亡くなる国』になってしまうと心配していましたが、今回の再開でやっとそれに歯止めがかかるのではないかと期待しています。これで日本もようやく先進国の仲間入りができると言えるでしょう」と藤井先生。
ただし、ワクチン接種によって子宮頸がん発症リスクを大きく減らせることは確かですが、残念ながら100%予防できるわけではないとのこと。そのため、「子宮頸がん検診」と組み合わせることが大事だと注意を促します。
「万一、子宮頸がんを発症しても、検診を受けていれば早期発見することができ、治療もその後のリスクも低く抑えることができます」(藤井先生)
日本では、20歳以上の女性は2年に1回の検診が推奨されていて、ほとんどの市町村で無料または一部の自己負担のみで受けることができます。ワクチン接種と子宮頸がん検診の両輪をしっかり回すことで、子宮頸がんという辛い未来をなくすことが可能です。
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【HPVワクチン定期・任意接種の概要】
●対象
小学校6年生~高校1年生に相当する女子
※現在は、新型コロナウイルスの感染拡大で接種できなかった人への対応として、高校3年生まで延長されています。
●ワクチンの種類
日本で使用されているHPVワクチンは、2価「サーバリックス®」、4価「ガーダシル®」、9価「シルガード9®」の3種類があります。定期接種で使用するのは2価または4価で、9価は自費での任意接種となります。
●接種スケジュール
ワクチンの種類で異なります。2価と4価は定期接種対象年齢の間に3回目を終了することが大切です。
2価 サーバリックス®(定期接種):初回接種の1カ月後に2回目、初回接種の6カ月後に3回目を接種
4価 ガーダシル®(定期摂取) :初回接種の2カ月後に2回目、初回接種の6カ月後に3回目を接種
9価「シルガード9®」(任意接種): 初回接種の2カ月後に2回目、初回接種の6カ月後に3回目を接種
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※積極的な勧奨を中止して間に接種機会を逃した1997~2005年度生まれの女性も、来年4月から3年間は無料接種が可能
アメリカやイギリス、オーストラリア、カナダなどでは、男性へのHPVワクチン接種も推奨されています。
「男性が接種する理由は2つあります。1つは、HPVが中咽頭がんや肛門がんなどの原因になるため、接種することで男性もこれらのリスクを予防できること。2つ目は、HPVが男性から女性にうつるのを防ぐことができること。つまり、大切なパートナーを病気から守ることにつながるのです」(藤井先生)
最近は日本でも、男性への接種を行う病院やクリニックが増えてきており、産婦人科でも男性のHPVワクチン接種ができる場合があるとのこと。現在のところ、男性は自費による任意接種となりますが、息子さんの接種に関心がある方は、ぜひお近くの内科や小児科に問い合わせてみてください。
取材・文/かきの木のりみ
※2021/12/24 一部修正しました。(たまひよONLINE編集部)