元女子高生パパ、自分と彼女、精子提供者の3人で2児の親へ。約束は「コミュニケーションから逃げないこと」
毎年春に行われる「東京レインボープライド」を主催する団体の代表で、トランスジェンダーの杉山文野さん。2年前のインタビューでは、戸籍は女性のままパパになるまでの経緯や葛藤を語ってくれました。2人目となる子どもを迎えられた今回のインタビューでは、パートナーである彼女と、精子提供を受けたゲイの親友と3人で親になった子育ての日々を教えてくれました(第1話)。「たまひよ 家族を考える」シリーズの今回は、”父と母、時々ゴンちゃん”というユニークな形態での協力体制や、3人いるからの良さとコミュニケーションの難しさを聞きました。「何かあったら、とにかく前向きに話し合う」という対話への姿勢と実践に、チーム育児のヒントがたくさんあります。
週に2回わが家にやってくる、精子提供者で親のゴンちゃん
僕と、パートナーである彼女と子どもたち4人で暮らす家に、親友で精子提供者のゴンちゃんが定期的にやって来ます。ゴンちゃんも含めて僕たちは「3人で親」です。
ただ、ゴンちゃんは一緒に暮らしてはいません。
そんなゴンちゃんが担う育児は現状、2歳の上の子を週1回保育園へ送っていくこと。土日のうちの2時間~3時間を公園へ連れていくことです。
最初は週に1回〜2回だけでは慣れない部分もあり、僕も一緒についていくこともありました。でも最近は、ゴンちゃんが飼っている犬のチロルに子どもが興味を持ち始めたことで、チロルと一緒に楽しく遊びに行っています。
ゴンちゃんが決まった曜日にやって来るいまの体制になるまでには、3人での試行錯誤がありました。
3人で役割分担をするイメージが湧かない
上の子が生まれたばかりのときは、3人で育てるといえども役割分担のイメージが湧いていませんでした。だから、僕と彼女が一緒に暮らす家に、ゴンちゃんのタイミングがいい時に来てくれたらOKとのスタイルでした。でも、その「いいタイミング」がなかなか見つからなくて。
僕も彼女も初めての子育てに右往左往しているので、ゴンちゃんを気遣う余裕はありません。日々成長していく子どもの様子をすべて共有することも、不可能です。赤ちゃんのほうも2週間~3週間に一度しか会えないゴンちゃんにはなかなか慣れないし、慣れないからゴンちゃんにお世話を任せられないし、任せないからゴンちゃんも慣れない……。そんな悪循環に陥りました。
ゴンちゃんのほうも、僕たちが寝不足状態でドタバタと育児生活をするなかでそれを助けることも、かかわることもできない。無力感とうしろめたさがあるようでした。
僕とゴンちゃん、僕と彼女は話すけれども、ゴンちゃんと彼女は腹を割って何でも言い合える仲になるまでにはまだ少し時間がかかりそうです。ある程度は僕が仲介役としてつなげたほうがいいのではと考えていたのですが、なかなかうまくいきませんでした。
ぎくしゃくしたまま空気が悪くなった最初は、上の子が生まれて3カ月~4カ月のころでした。出産から2カ月間は、僕も育休期間として仕事を完全オフにしていました。再開したら、休んでいた分のしわ寄せが来て忙しくなってしまったんです。育児を彼女に任せることも、多くなりました。
寝不足やホルモンのアンバランスからくるイライラを彼女が抱えているのはわかってはいても、それを緩和してあげる余裕が僕にはありませんでした。彼女と僕の関係は噛み合わず、お互いにストレスを抱えていました。そんな中に入ってくるゴンちゃんはもっと、どういう立ち位置でかかわっていいのかわからない。
夫婦間でも些細なことで行き違いは簡単に起こるのに、3人で情報共有やコミュニケーションを密にしようというのは本当に大変。
家庭内のルールやちょっとしたスケジュールなど、日常生活の何気ない場面で共有する他愛もないことでも後になってから「あれ? これゴンちゃんに伝えてたっけ?」なんてことがしょっちゅう発生します。ゴンちゃんのほうも「え? 聞いてなかったし……」と摩擦が起きる。小さなストレスも積み重なって次第に大きくなり、これは話し合うしかない! と会議を開きました。
3人のグループLINE名は「病めるときも、健やかなるときも」
何かあれば、とにかく前向きに話し合おう。そのコミュニケーションを怠ることはやめよう。
3人で親になる決断をしたときに、そう確認し合ってはいました。お互いに対しての不満やイヤな部分を言葉にするのはエネルギーが要ります。でも、そこから逃げたら最終的なしわ寄せは子どもにいってしまいます。
お互いが正直に言葉にして自分の不満や考えを共有すると、それぞれの認識にちょっとずつズレがあることが可視化されます。相手の言動の真意や背景がわかると、納得できることがほとんどだったり。
たとえば、ゴンちゃんに何か子育ての意見を求めると「文野と彼女がいいならそれでいいよ!」といった反応でした。ゴンちゃんから、こうしたい、ああしたいとの意見や提案が出ることはなく、そのことで彼女が「親になったのに大事な決断を私にばかり任せるのは無責任なのではないか」と不満につながっていました。子どものことを私がすべて決めるっておかしいでしょ!と。彼女の主張は、もっともです。
良かれと思ってしたことが、相手にとっては迷惑だったすれ違い
一方で、自分に置き換えてみると、僕も彼女に対して似た感覚がありました。自分のお腹を痛めていろんなリスクを負っているのはお母さんなのだから、彼女が決めることを尊重するのがベストだと考えていました。
ゴンちゃんも、週に数回しか会わない自分が決めるよりも、日々生活している僕らが決めたことに従うのがみんなハッピーになると、ゴンちゃんなりに僕たちの意見を尊重してくれていたんです。
良かれと思ってしたことが、相手にとっては迷惑だったり、ストレスの要因になっている。話すとたくさん同じような課題が出てきました。
話し合いを重ねていくと、お互いが抱えるこのストレスの一番の原因はコミュニケーション不足であること。どこにも悪気はないしむしろもっと良くしたい気持ちは同じであること。なのに、圧倒的にコミュニケーションが足りないから揃っていないことに気づきました。
ゴンちゃんには、「よいタイミングで」ではなく、毎週定期的うちに来てもらういまの形になりました。
戸籍は女性のままパパになった僕と、そんな僕とパートナーになりママになった彼女。そして僕の親友であり精子提供者となったゴンちゃん。僕たち3人のグループLINE名は「病めるときも、健やかなるときも」。
関係性が良いときに仲良くできるのは当たり前です。悪いときに、どれだけ共に乗り越えられるかが大事だとの想いを込めています。
3人会議で決めたあとも、日々トライ&エラーです。
定期的に通うようになり、子どもも慣れてきたところもあれば、まだまだ不慣れなところもある。忙しい朝にイヤイヤと全身で泣く子どもを前に、ゴンちゃんを応援したい気持ちはありつつも「ゴンちゃん、もっとしっかりしてよ!」と無意識のうちに無言のプレッシャーをかけてしまい、そのプレッシャーに気づいたゴンちゃんががんばろうとすると、余計に子どもが逃げてしまうとか(笑)。試行錯誤の連続です。
過程を楽しみながら自分たちのベストを重ねていく
あの手この手で向き合うなかで、ゴンちゃん自身も、親としての立ち位置を少しずつつかんできたなのではないでしょうか。最近は、今後ゴンちゃん一人でも子どもたちを預かれるようにと料理も始めたと言っていました。
ゴンちゃんと彼女は、まだお互いに対して遠慮がある。二人とも、もともとの性格が言いたいことがあっても溜めて飲み込むほうです。ゴンちゃんと彼女は僕を介したことで家族になったわけで、二人の関係性を築いていくのに時間は必要だとは思います。とはいえ、時間が流れていくだけでは解決しません。思うことがあるなら口に出し合おう、話そうと率直に伝えています。
今後もいろいろあるでしょうけど、「完璧を求めない」のが大事なのでしょうね。うまくいかないことがあったとして、だれが悪いかに注力しても建設的な話し合いにはなりません。
こういう課題がある。じゃあどうする?と、解決に向けて話をしていく。
子育ては、ゴールを目指すのではなくて過程を楽しむもの。正解や完璧を求めずその時々で、自分たちのベストを重ねていくつもりです。
パートナーたちとの杉山さんの育児の向かい方には、とにかくコミュニケーションを諦めない姿勢がありました。家族なのだから言わなくても察してほしい……などと考えてしまいがち。「話してもわからないことがたくさんあるのに、せめて言わないとわかりません。良い意味で他人同士、それはお互いへの甘えです。『親だから当たり前』『子どもだからこういうはず』といった思い込みを捨てて、近しい家族だからこそ丁寧なコミュニケーションをしたほうがいい」と杉山さん。親しい仲だからこそ、些細なことも交換し合う大切さを思い出させてくれました。最終回となる次回は、育児や社会を取り巻く「こうあるべき」の乗り越え方を探ります。
取材・文/平山ゆりの
杉山文野さん(すぎやま・ふみの)
Profile
1981年東京都新宿区生まれ。フェンシング元女子日本代表。早稲田大学大学院でセクシュアリティを中心に研究し、2006年に体は女性だけれど心は男性のトランスジェンダーとしての青春と葛藤をつづった自伝『ダブルハッピネス』(講談社)を出版。卒業後2年かけて世界50カ国を巡ったあと、一般企業で約3年勤める。独立して飲食店経営をしながら、講演活動などLGBTQの啓発活動を行う。日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ条例制定にもかかわり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員やNPO法人東京レインボープライド共同代表理事を務める。2020年にパートナーの女性と精子提供を受けたゲイの親友との赤ちゃん出産までをつづったエッセー『元女子高生、パパになる』(文藝春秋)を出版。同年、杉山さんの人生をモデルとした小説『ヒゲとナプキン』(乙武洋匡著/小学館)が発売された。3人親での育児生活をつづった新作エッセー『3人で親になってみた ママとパパ、ときどきゴンちゃん』( 毎日新聞出版)が3月27日に発売される。