自粛生活の親のイライラや不安が子どもに与えた影響は? 大切なのはアタッチメント【専門家】
感染症対策のための自粛生活が続くと、ママもパパも子どももイライラしがちになりませんか。普段なら怒らないことで怒ってしまったり、暗い気持ちになってしまったりといったことは、だれにでも起こりうること。しかしママやパパのイライラや不安が子どもにどう影響するのかを考えると、適切な対処方法や心構えも知りたいところです。社会的な不安が大きい中、子どもとどうかかわればいいのか。発達心理学・感情心理学が専門の東京大学大学院教育学研究科・遠藤利彦先生に聞きました。
親の感情は子どもに伝染する
自粛生活でのイライラや不安は、多くの人が実感しているようです。東京大学発達保育実践政策学センター(Cedep)の「乳幼児の成育環境の変化に関する緊急調査」(2020年4月30日~5月12日調査)でも、半数以上の保護者が「精神的健康状態が良好でない状態にあった」と回答しています。また、わけもなくいらいらしたり、不機嫌だったりすることが増えた子どもは3割以上にのぼりました。この調査結果からも、親子ともに精神状態が不安定な様子が見て取れます。Cedepのセンター長も務める、東京大学大学院教育学研究科の遠藤利彦先生は、親の精神状態が子どもに影響を与えている可能性を指摘します。
「親の感情は子どもにも伝染します。とくに親がうつっぽい状態のときには、親子のかかわりや言葉かけを通じて、子どもの気分が落ち込んだり突発的に荒れたりといったことが相対的に増えるということが、発達心理学の世界でも知られています。
ですので、親御さん自身の精神的な健康状態が落ちこんできたときは、子どもの精神的な健康状態にもある程度影響するということは考えておいたほうがいいでしょう」(遠藤先生)
自分のネガティブな感情を子どもの前で見せてしまったことのある人は多いでしょう。声を荒らげたり、ネガティブな言葉を連発してしまったり…。悪い感情が伝染しないように、そういったことは抑えたいものですが、いくら気をつけていても思わぬところで態度に出てしまうもの。まずい対応をした場合はどうしたらいいのでしょうか。
「大事なのは、怒りすぎた場合などに、反省することです。『今日は大きな声で怒ってちょっとおとなげなかったな』と、その日の寝る前などに振り返りできれば、次の機会には冷静に子どもに接することができます。夫婦で話す機会を持つようにすると、振り返りの習慣もできていいと思います」(遠藤先生)
子どもに対して「冷静に接する」とはどういうことでしょうか? 後悔の気持ちが強いと、「埋め合わせしたほうがいいかな」と思ってしまうところですが…。
「特別なことをしてあげなくても、『ごめん』と言えればそれで十分です。子どもはコミュニケーションの成り立っている世界で育つので、時々親が落ち込んだり怒ったりするのを見せておくことも大事です。その中で感情を読み取る力が育ち、『今はお母さん、お父さんがイライラしているからおとなしくしてよう』といったように、気持ちを察することもできるようになります。
むしろ常にニコニコしているほうが不自然で、感情が制約なくオープンにかわされる関係性を築くべきでしょう。子どもも生涯、人間社会の中で生きていくことを考えれば、いちばん大切なこととも言えます」(遠藤先生)
子どもとの適切な接し方として、「アタッチメント」という概念もあります。これは日本語で「愛着」「くっつくこと」を意味し、発達心理学では、乳幼児がママ、パパ、保育園や幼稚園の先生など、誰かにくっつくこと、とりわけ不安なときにくっつこうとすることをいいます。
子どもの発達にも大切なことですが、感染症対策として、親の体調やその日の行動履歴から、家庭内でも子どもとの接触を減らすこともあるかもしれません。その場合、「くっつけない」ことで、子どもにはどんな影響があるでしょうか。
「アタッチメントで重要なのは、物理的にくっつくことではなく、子どもが怖かったり不安だったりして感情が崩れたときに、感情を立て直して安心感に浸らせることです。
よくスキンシップと誤解されることもありますが、アタッチメントはたくさん抱っこすればいいというものではありません。感情を受け止めて元通りにしてあげることができれば、物理的な接触は必ずしも必要ないのです」(遠藤先生)
テレビやタブレット、見せるのはOK?
自粛期間中は家で過ごす時間も長くなり、子どもにテレビやタブレットなどを見させて過ごしてもらうというママ・パパも多いでしょう。
先ほどのCedepの調査でも、子どものスクリーンタイムは1歳から5歳(一部6歳も含む)のどの年代においても「増えた」という回答が7割を超えています。
年齢が高いほどスクリーンタイムが増えていた傾向があり、5歳以上では半数近くの子どもが1日あたり2時間以上増えたのだそうです。スクリーンタイムが増えることで、視力の低下が第一に懸念されますが、発達の面においてはどんな影響があるのでしょうか。
「強い光に長く接していると、メラトニンという睡眠にかかわるホルモンが分泌されなくなって、睡眠に障害をきたすことがあります。乳幼児は本来であれば、脳と心、体の発達のためにも連続10時間の睡眠が確保される必要性があるといわれています。
トータルではなく連続で10時間です。この睡眠時間を確保するためにも、あまり長時間は見ないほうがいいでしょう。とはいえ、親が見ているものを子どもも見たくなるものなので、『見せない』と厳しく締めつけるよりも、子どもと話し合って『これは何時まで』とルールを決めて、メリハリをつけて見させることが大事です。
また、時間の余裕があるときは、絵本の読み聞かせのように親子で並んで同じものを見るというのもいいと思います」(遠藤先生)
子どもに一人で見させるのではなく、時間があれば一緒に同じものを見ると、親子の会話も増えます。子どもは「これは何?」「この人はどうしてこういうことしたのかな?」と聞いてくるでしょう。それに答えたり、逆にこちらから子どもに質問してみたりするのもいいかもしれません。
「子どもとのコミュニケーションを増やす中で、子どものイマジネーションの世界に親御さんも入っていってもらいたいですね。子どもは何かのキャラクターになりきったり、何かの役割をしようとしたり、イマジネーションを発散させてきます。それに対して親が無理解だと、親子のコミュニケーションが取りづらくなってしまいます」
子どもは遊びをつくりだす
すでに紹介したように、親の感情が子どもに伝染することは考えられるものの、自粛生活そのものは、「子どもに与える影響はそれほどないのではないか」と遠藤先生は言います。しかし「お友だちと遊べない」「外で遊べない」「新しいおもちゃもない」といった状況でも、子どもはストレスをためないのでしょうか。
「子どもたちは、なければないで、自分で遊ぶものを探します。子どもにとってのおもちゃは、大人が買い与えるものとは限りません。キッチン用品もおもちゃになるし、紙切れがあればそれを使って自分の好きなものを作ろうとする。『なければつくる』のが子どものすごいところで、それをすること自体が子どもの発達にはプラスになっています」(遠藤先生)
普段できていた遊びができなくなるからといって、子どもにマイナスになるとは限りません。機会が限られていても、子どもは自分の創意工夫でおもちゃをつくりだすことができます。
「発達心理学の視点から言えば、ただの棒きれでも、時に、子どもにとって最高のおもちゃになり得るのです。高いところのものを棒で取ったり、ごっこ遊びで剣にしたり、いろいろできますよね。もっと思いつかないようなことをそれで遊び始めるかもしれません。大人の固定観念では『こんな棒きれでどうやって遊ぶんだ』と思うかもしれませんが、子どもはなんでも遊びに使えるおもちゃにしてしまうので、『何もできない、困ったぞ』と悩むよりも、子どもの可能性を信じて前向きに考えてあげるといいでしょう」(遠藤先生)
お話・監修/遠藤利彦先生 取材・文/香川 誠、ひよこクラブ編集部
家で過ごす時間が増えて、親子の距離感も以前とは大きく変わった家庭も多いかもしれません。しかし、子どもとのかかわり方、家での過ごし方は、基本的にはコロナ前もコロナ後も大きく変わりません。家庭内でも感染症対策をしつつ、親自身も感情をオープンにしながら、子どもと楽しい時間を過ごしたいものです。
遠藤利彦先生(えんどうとしひこ)
(東京大学大学院教育学研究科教授)
Profile
専門は発達心理学・感情心理学。子どもの発達メカニズムや育児環境を研究する発達保育実践政策学センター(Cedep)のセンター長も務めている。
参考文献/『赤ちゃんの発達とアタッチメント――乳児保育で大切にしたいこと』(遠藤利彦著・ひとなる書房)